レベル70『静寂たる』サンデー10

 危機感知と罠対策のエキスパートである盗賊。

 生死すら超越する聖職者。

 彼らがいるパーティは、いないパーティに比べて圧倒的に出来る事が広がるのはよくわかるだろう。

 しかし、だ。

 彼らは守られる側だ。

 大火力を発揮する魔術師でも、急所を射抜く弓師でもなく、自衛すら覚束無い後衛職だった。

 勇者パーティの前衛、それは破られる事が許されない人類の最前線。

 その壁は、ひたすらに分厚い。

 未だにサンデーの拳の軌跡は見えず、防ぐ事も叶わない。

 どうしてそんな相手と戦わなきゃいけないんだろう。

 私は最初から嫌だと言ってたのに。


「俯けば許されると思うのか」


 ずしり、と私の後頭部に彼の足が乗せられた。

 痛いと思うほど力は入っておらず、こういう真似をされた所で屈辱に思えるほど私は高くない。

 安い安い私のプライドは、このくらいでは汚されはしないし、この程度なら前世で慣れている。

 善意なんて一切なく、悪意だけで動く人達に比べれば何て優しいんだろう、とすら思ってしまう。

 まともに人と話せない、他人と違う、見た目が違う。

 たったそれだけの事で、驚くほどに残酷になれる人は、外れていない人達が思うよりもずっと多い。

 だけど、どうしてここまでされるんだろう、という疑問が浮かんだ。


 彼は、パパさんは外れられない・・・・人だ。


 暖かな家庭人、勇敢なる拳士、困っていた私を見過ごさない優しさ。

 電車で席を譲る事すら出来なかった私と比べなくても、誰でもわかる強さがある。

 逆に言えば、他人を傷付けて平然と出来る強さは彼にはない。

 その辺りを歩いている人達を通り魔的に殺害を繰り返すようなサイコパスには、絶対になれない人だ。

 弱い弱い私からすれば、強さに善悪はない。

 正しい強さも、間違った強さも、強さでしかないんだ。

 私の意思なんてこれっぽっちも気にせず、スキルが辺りの様子をうかがう。

 私の頭を踏みつけ、拳を構える彼の姿は変わらない。

 荒野に吹く風は赤茶けた砂を運び、空を流れる雲はどこか間が抜けていた。

 もう動かないママさんも、まだ気を失ったままのフリンも変わらず、お腹に空いた大穴から血の一滴すら流れる事のないパパさんの姿も。

 まぁ、なんと言うべきか。


「変わらない」


「何?」


 呟いた私に、パパさんが怪訝な言葉を返す。

 正しい強さも、間違った強さも、それはずっと私に押し付けられていた物だ。

 弱い私に強くあれ、と正しさを押し付けられた所で、困る。

 困ったと言っても、弱いのだから悪いのだと言われるだけだ。

 私が間違っているのは確かだけれど、私は私として生きてきた。

 別に自分が好きではない、というか嫌いだし、強さがあればもう少し楽に生きられただろうとも思う。

 仕事が出来るかどうか、美醜、話の面白さもそうだし、他にもあれこれ私は私の理解出来ない物で殴られ続けてきた。

 なら、見えないパンチで殴られたからって、理解不可能な物が一つ増えるだけでしかない。


「……ほう」


 するり、と踏まれていた足裏から抜け出した。

 相変わらずスキルに任せた動きは、私の理解を超える。

 何をどうしたか鈍間な私の頭では、理解出来やしない。

 何故、どうして、何があったなんてそもそも私に他人を理解しようと思うのが間違っていた。


「……逃げてやる」


 立ち上がった私に、追撃はない。

 強さを押し付けようとするなら、ここで私をいきなり殴りはしない。

 それは強いからこそ、絶対に出来ない事だ。


「逃がすと思うか」


 理解出来ないからこそ、理解出来る。

 理解出来ているからこそ、理解出来ない。


「逃げられないと、思うの」


「なら、証明してみせればいい」


 即座に動き出した彼の声は、右から。

 反応する剣術スキルを無理やりに抑え込み、動かすのは天蓋絶剣の才。

 半端に理解のある剣術スキルではなく、その根っこである理解不可能の才能だけに身を委ねる。

 理解なんてしたくもない、心の底から興味一つもない天蓋絶剣の才自分の嫌いな所だけを見た。

 憎しみすら覚える、私の一部。


「ほう」


 風圧は頭上を掠め、だけど通り過ぎるだけ。

 頭を低くしてやり過ごすのは、私の得意な事だ。

 嫌われるのには理由があり、嫌われ慣れた私が嫌われた所で今さら傷なんて付くもんか。

 目を向けた自分の嫌いな所天蓋絶剣の才は、こびりつくマグマのようでもあり、さらさらとした油のようでもある。

 連撃、左からのフック気味のパンチは避けられない。

 一歩前へ、自分から当たりに行けば威力が出ない。痛いけど、動けなくなるほどではない。

 右のアッパー。一打目で崩れなかった姿勢のお陰で、身体を引く事で避ける。

 反射的に動く剣術は邪魔でしかなかった。


「……思ってたのとは、まったく違うなあ」


「キミの望み通りになんて、絶対に動いてあげない」


 伸びる槍のような掌打、風切る手刀、私の理解出来ない術理のパレードが華々しく歌う。

 そんな中、無様に受けて、才能任せの華麗な回避を繰り出す私は何ともよくわからない存在だろうに、彼はそれでも動き続ける。

 本来なら不可能なはずの回避を成功させ続けるのは、天蓋絶剣の才。

 嫌いな自分をずっと握り続けてきた。

 なら、嫌いな物だって握り続けられるはずだ。

 理解不可能の強さは、理解不能なまま理解してきた。

 暖かな家庭、頼りになる仲間達、戦い続けた強敵。理解可能の強さの中で生きてきた彼には、私を理解出来るのだろうか。

 まぁ私を理解出来ようとも出来なくとも、そんなのは関係ない。

 この孤高ですらない私の断絶は、他人の強さとは関係ない物だ。


「どこまでも逃げてやる」


 立ち向かう強さなんて、私のどこにもないのだから。

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