レベル70『静寂』たるサンデー11

 どこに触れても、私の身体を綺麗に抉り飛ばしてしまうだろう掌打に、音はない。

 漫画みたいにシュバ!だの、オトマノペを付けて欲しい所だ。

 見えもしない拳が絵で栄えるかはともかく。

 だけど、理解出来た。

 無音の音は、荘厳なクラシックだ。

 たぐいまれなる律っせられた旋風は、精緻を極める懐中時計のようですらある。

 一年なんて言うまでもなく、十年だって寸分の狂いもなく動き、持ち主次第では百年も動き続けるようなとびっきりの懐中時計。

 動きはひたすら単純に、左足が前にあるなら右手が飛んできて、右足が前に来るなら左手が動く。


「いやになるね、まったく」


「だったら、逃がしてくれればいいのに」


「そうもいかない。僕は僕なりに義理は果たしたつもりだけれど、返す気のある恩はあるんだ」


「それって私に関係ない」


 私のわからない話をされても困るし、話してくれる気もなさそうだ。

 あの暖かな家庭に帰ったかのような彼の語りとは別に、私を襲う絶死の渦はとんでもない事になっている。

 外れた拳は地面を割り、それも半端な地割れではなく、綺麗に丸い穴が空く。

 余波の風だけで私の肌に赤い物が滲み、蔦のドレスももうボロボロになって……なかなかはしたない事になっているだろう。


「やめてくれないなら、フリンにあなたのパパにこんな風にされたって言う」


「それは困る」


 そう言った途端に帰ってきたのは、この日一番となる精密さだ。

 恐らく、左手。

 張り手のように繰り出された左手が、風を押し出すようにして私の身体をうち据えるが、どうせ避けられないのなら、緩やかに身体の力を抜いてふわりと浮き上がる。

 続くのは右拳。工夫も何もないようなストレートは、まともに食らえば間違いなく私は爆弾でも食らったかのように弾け飛ぶ。

 理解出来ない才能に任せれば、何をどうしたか理解出来ない動きが始まった。

 とん、と爪先が地面に触れれば、よくわからない力のうねりと共に膝が勢いよくステップを刻む。

 速度の上限は大した事はないが、やたらと動き出しの早い、アクセルを踏んだ瞬間にトップスピードになるバグったレースゲームのような動きだ。

 視界がめちゃくちゃ違和感があって、物凄い気持ち悪い。

 右、左、右、左と繰り出される拳撃を、そんな気持ち悪い動きでするすると抜けていく。


「君はその、エルフの森を焼いた僕達への敵討ちということなんだろうか?」


「そっちには興味がない」


 なにせ親の顔もいまいち覚えてない。

 言い訳をするなら、美形ばかりのエルフは顔のバリエーションがないのだ。

 覚えていなくても、仕方ないはずだろう。


「それよりメリーポピーの仇」


「ああ、そうか……君があのエルフさんか。君の話はよく聞いていたよ」


「……そう」


 理解不能の拳打の渦は止まらず、そんな中で、彼はひどく懐かしげな表情を浮かべた。


「彼はまったく……これっぽっちも戦おうとはしなかった。初めはなんて奴だ、と憤った物だよ」


「それは」


 フォローの一つでもしたかったが、まぁその通りだろう、と納得してしまった。

 みんなが必死で戦っている中、気楽にがんばれーと応援された日には間違いなくイラっとする。


「だけど、彼には覚悟があった。戦う力がなくても、襲われれば抵抗したくなる物だ。恐ろしい敵がいるとわかれば、武器の一つでも持ちたくなる物だ。なのに、彼の懐から出てくるのは、数々の調味料やら肉やらだ。あんな事は僕には絶対に出来ない」


 彼の語るメリーポピーは、強い男だ。

 こんなにも強い人が尊敬に値する、と語る男の姿だ。


「それにメリーポピー抜きの六人だったら……みんな我の強い人達ばかりだったからねえ。喧嘩ばかりで間違いなく分裂していただろう」


 喧嘩っぱやいアグネスに、女嫌いのルビー。そして、何やらよくわからない爺に、真面目な好青年サンデー。

 知ってる面子の中だと、サンデーの負担がひどそうだ。


「ああ、メリーポピーは想いを果たしたのか」


「やめて」


 満ち足りた感じでそんな事を言われると、すごくむず痒い。


「僕は彼の結婚式で読む祝辞まで考えていた」


「知らない!」


 ずるり、と精密機械がズレる感覚。

 最速の掌打が、ぴたりと止まった。


「その夢は、終わった。僕達の青春は終わってしまった」


 私の顔の前で開かれた五指が、彼の表情を隠す。

 掴んでいた才能が、理解不能を理解していた私が、同時に困惑する。

 ここからどうくる、という疑問に包まれ、まさかこのまま彼は死ぬのではないか、あれだけの傷なのだ。むしろ、今まで動けていた事が不思議で、


「僕の強さはきっと君は必要ないと言うだろう。だが」


 来る、という前兆は掴んでいた。


「僕にも、僕の覚悟がある」


 いっそゆっくりと、赤子が手を伸ばすように五指が近付いてくる。

 普通に軽く弾いてしまえ、とばかりに迷っていた私を振り切って才が動く。

 軽く弾いてしまえ、という判断はおかしくはない。


「師兄を初めて倒した時、間違いなく僕の拳術スキルは師兄に劣っていた」


 弾かれた五指は、ワイパーで流される水滴のように私の視界を外れた。


「あっ?」


「スキルとは合理だ。最も正しく理に合った動きだ」


 どうして腹を打たれたのか。

 弾いた五指の死角から、これまでとは比べ物にならない、それこそ私がのんきにしてても見えるようなパンチが深々と私のお腹を抉っていた。

 腰の入っていない、それこそ素人のパンチにだって劣るようなものだ。


「だから、理に合わない動きを、スキルは理解出来ない。反応出来ない」


 必死になって組み上げた私のスタイルを、軽く捻り潰した上で、彼は言う。


「ご祝儀代わりだ。意地でも受け取ってもらうよ」


 奥義的なのに覚醒したら、普通に対応されるとか卑怯じゃないかな。

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