レベル70『静寂』たるサンデー12
ひたすらに厄介だった。
百パーセントの攻撃が来る、と予想して、百パーセントの攻撃に対応する事は出来るようになってきた。
しかし、百パーセントの攻撃に備えていると七十パーセントの攻撃に対応出来ない。
野球で言うのなら、緩急を活かした攻撃だ。
かと言って、七十パーセントに備えると今度は百パーセントに対応出来ない。
こういう時、精霊魔法とかで攻撃……え、ダメ?
凄い許否られた感触が、精霊さんから返ってきた。
ステータスにあった精霊魔法とはなんなのだろうか。
実は精霊魔法(三味線)とかだろうか。
まぁ便利だから、それでもいいんだけど。
ふわふわとそんな事を考えている間に、緩い掌打が私の顎を打つ。
女の顔だろうと、打ってくる辺り、なんだかんだと遠慮容赦がない。
鼻血吹き出し、地味に左目が腫れてきている。
女として見れた物じゃなくなっているだろうけど、何故だか変な笑いがこみあげてきた。
休みの日、当然のように部屋で一人でいる時、特に何も面白い事があるわけでもないし、思い出したわけでもないのに、突然笑いたくなるようなアレだ。
アレだ、と言っても私だけな気がするけど、アレだ。
どうして楽しくなってきてるんだろう、と激しい攻撃の最中に私はのんきに考える。
回避した先に置くように放たれる左のストレート。速く、軽い。当たっても構わない。
とはいえ骨まで響く衝撃、どうして楽しいんだろう。
マゾに目覚めた、とはさすがに思いたくない。
当たった瞬間に、返す刀で同一軌道の左の掌打。
遅く、力のこもった一撃は下手に触れられると掴まれて地面に倒されてしまうから理解不能の回避で対応。
痛いのは、やっぱり嫌いだし、まったく気持ちよくない。
膝、地面から飛び上がるように打ち上げられた膝が、私の額を掠める。
がつん、とまともに受けてしまい、よろめいた私の胸へと、彼の足裏が即座に追撃が通った。
こんな野蛮で、どうしようもない事を楽しんでやれる理由なんて、私はこれっぽっちも言葉に出来ない。
なのに、そのくせ口元の歪みは不思議と消えずにいる。
ずるずると地面を滑る私の指先に、嫌になるほどよく馴染む手触り。
それが何かと考える前に、私はそれを突き出していた。
刃を突き出すだけで、前に出ようとした彼の動きは一歩止まる。
その遅滞は、ほんの僅かな差でしかない。
だが、そのほんの僅かな差があるお陰で、回避がひどく楽になる。
回避が楽になれば、攻撃する隙間が生まれた。
三割の攻撃に対応する彼の返す拳は七割になり、七割と読めれば七割で避けられる。
攻撃は最大の防御、防御は最大の攻撃とはよく聞いた言葉ではあるけれど、こうして実感と共に理解が出来た。
それは弾けなかったコードが楽々と弾けたかのような、そんな……正直に言ってしまおう。
どれだけ誤魔化そうと、痛みを受け入れる気はなくても、私は楽しんでいる。
剣を振り回し、拳で打たれ、野蛮も野蛮で、喧嘩なんてやる人間は馬鹿なんじゃないか、と思いながら、私は今を楽しんでいた。
なんて馬鹿馬鹿しいのだろう。
軽い左の拳。防がせ、刃の腹をぽんと軽く叩くような打撃。
握っていた剣の挙動が、少しだけブレた。
同じラインを戻り、そのまま通ってきた左拳はひどく重く、反射的に挙動を取り戻そうとする剣術スキルを即座に引っ込める。
もしスキルに任せていたら、安物の剣ごと砕かれてしまっていたであろう一撃だ。
私が多少マシになろうと、楽しさを覚えようと、そんな事は関係ないとばかりに彼は平然と上回ってくる。
避けるために攻撃し、攻撃のために避ける。
防御はしない。ただ振っているだけだというのに、刀身から嫌な感触が伝わってくる。
呼吸は隙間の隙間に。細く、肺の底の底まですくうようにして身体に酸素を送り込む。
水中で全力疾走をしたままマラソンをするような、そんな攻防。
踊るように、だなんて表現はされないだろう無様さで必死にしがみ続ける。
安易に繰り出した突きはあっさりとカウンターを返され――る事が何となくわかった。
左肩を少し前に出す、だけでこれまで素直に繰り出していただけ斬撃を警戒した彼が少し下がる。
フェイントが私の意識の中に生まれれば、更に読み合いが簡単になっていく。
安易に繰り返せば対応されるのはわかっている。
肩、腰、足、それどころか目線の先すらフェイントの餌になる。
ふと彼はとん、と無造作に一歩引いた。
どういう飛び方をしたのか、三メートルほどの距離を開けるほどの跳躍だ。
「……ふぅー」
あまりに無造作で、絶好のチャンスで、追えた、と思う。
思うが、追ったら何かこう……ヤバそうな気がした。
彼はだらりと両手を下げ、少し猫背になった構えとも言えないような構え。
しかし、今だって彼の視線はまっすぐに私を見据え、青ざめた肌色とは違い、眼光だけはひたすらに力に満ちている。
鋭く振り回された刃陣の中、無傷とはいかず、最も刃の近くにあった両の腕はあちこちに赤い筋が引かれていた。
それでも、意思だけはこれっぽっちもくじけていない。
本当にうんざりする。
じゃり、と左足が前に出た。
次は恐らくこう来る。だから、こう返す、という意思をこめて右足を引いた。
即座に対応され、目線の意思が返される。
右腕をフェイクにした左足の本命、と見せかけた左目が私の胸をちらりといやらしい。
そういう視線を送ってやれば、少し慌てた気配が滲む。
私達は、会話をしていた。
言葉のない、濃密な会話を。
終わりは、すぐそこまで来ていた。
レベル1転生者がレベル99になるまで 久保田 @Kubota
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