ファンタジーに登場するエルフと聞いて、どのような生物をイメージするだろうか。容姿端麗、不老、耳が長い、魔法が得意……様々なイメージがあるだろうが、本作ではまずそんなエルフの独自の生態や価値観を解説するところからスタートする。
死なないからとにかく増える。一度裏切れば何百年も恨みを買い続けることになるので信義を重んじる。千歳を超えたエルフは若いエルフから命を狙われる。
そして何より、長く生きている分エルフは武芸に長けている。
作品によっては軟弱な種族にも書かれるエルフだが、本作のエルフはそうではない。
これは長く生き続けているエルフが弱いわけがないというシンプルな思想に支えられた、武闘派エルフたちの物語なのだ。
設定も語りもユニークでこれだけでも充分面白いのだが、さらにキャラクターが良い。父殺しを目標とするエルフの美少女クラン(52歳)を始め、生産的なことは何一つしないのにアホみたいに強いエルフの王、決闘中にギャラリーに盛り上げるようアピールする老エルフ、パンケーキを食べて恋バナをするオークと、いずれも異様にキャラが立っている。
まずは物語の冒頭を読んでほしい。この語りにハマった人は一気に全部読み切ってしまうはずだ。
(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)
魅力的な主人公とはなんだろうか。
ありきたりではあるが、自分はなにかしらの『信念』を持っている主人公だと思う。
本作の主人公、梔・ルディ・クラン・ハビムトは、女エルフだ。
寿命千年を超えるエルフが『エンシェント』と呼ばれる世界で、クランはまだ五十かそこらの若造。つまり、ひよっこだ。
クランの目標は、『星』を斬ること。
『星』はもうべらぼうに強い。国中の、いや世界中の強者達が、「勝てるはずがない、勝てなくて当然だ。星に戦いを挑むなど馬鹿馬鹿しい」とサジを投げた存在だ。
しかしクランだけは、その『星』をいつかぶった斬るつもりでいる。
誰も彼もが「勝てるわけがない」と、『星』の剣を前にしてヘラヘラ笑う中で、クランだけが『信念』を持って本気で立ち向かっている。
ただ、クランはまだまだ弱い。
旅の途中で出会った仲間につい弱音を吐き出し、偉業を成し遂げた次の日には名無しモブにボロ負けし、ぶおんぶおん泣きながら逃げ出し、そして迷子になる。そのくらい弱い。
しかし、クランは『信念』を持っている。
友から貰った合い言葉で己を奮い立たせながら、少女は少しずつ少しずつ『星』へと近づく。
エスプリのおもむくがままに。
美しいだけの『王の花束』は、きっといつか『星を斬る』ものへと成るだろう。
こんな一文をあらすじに持ってくる時点で、作者のセンスがうかがえる事と思う。「おいおい」と愉快に思われた方は迷わず読んでほしい。(こんなレビューに目を通す必要はない! 期待を裏切られる事は無いから安心して読み進めていただきたい)
そうは言っても作品の雰囲気や傾向ぐらいは知りたい方もおられると思う。
「星を斬るクラン」は、エルフの少女クランの冒険活劇だ。あらすじ通りの愉快な生態を持つ、それでいて美しい生き物であるエルフ、その中でも飛び抜けて美しい少女/未熟者/うっかり者/世間知らずの身の程知らずであるクランが溌剌と旅をする物語である。
旅立つ理由は武者修行。
抱いた志は天より高い。
そんなクランの旅路を、あなたは目にする事となる。
旅先での愉快な出会いがある。
血の湧くような強者との闘いがある。
道連れとの別れはどこか物悲しい。
そうした旅を経て、健やかな主人公が(多分)大きく成長していく物語だ。
軽妙な文章にげらげら笑い、濃密な剣戟の描写で手に汗握り、痺れるほど格好いい啖呵に喝采し、それでいてしんみりとさせてくる。
魅力にあふれたこの物語を、どうか読んで欲しい。