レベル70『静寂たる』サンデー9

 斬鉄。

 やった事はないけれど、今の私なら自信を持ってやれる。

 高いステータスとスキルがあれば、鉄だろうと(見た事ないけど)ミスリルだろうと、きっちり斬ってみせるだろう。

 漫画とかでも鉄斬ったらすごい!剣豪!みたいな感じだったよね、うん。


「はっ」


 そんなどうでもいい物を斬った所で、何の意味があるのか。

 痛覚すら遅く、スキルの導きすら届かない。

 視界は地面と青空を交互に映し、ぐるぐると回り続ける。

 肋骨がようやく悲鳴を上げ始めてみれば、私は土を噛んでいる事に気付けた。

 何をされたのかすら、わからなかった。

 恐らく左の肋骨が小枝のようにへし折られているから、何かされたんだろう、という気がする、かな?くらいのものだ。

 必死になって立ち上がってみれば、軽く百メートルかそこらは吹き飛ばされているのがわかった。


「冗談……」


 鉄が斬れるから何なのか。

 見えもしない一撃を斬って落とせるはずもない。

 彼は、ひたすらに静かだった。

 構えは変わらず、拳を突き出した姿勢のまま。

 その長身すべてに無理な力の入っている違和もない。

 無意識の内に聞いていて、無意識の内にノイズとして処理しているだろう人の呼吸音、それどころか心拍すら聞こえず、ぽっかりと空白があるかのようだ。

 そんな完全なる静寂を、その本人が乱す。


「我々は、困難を踏破する」


 一方、私はと言えばひどいものだ。

 暑さに負けた犬のように呼吸を求め、荒い呼吸を繰り返す。

 震える横隔膜が、私の意思を裏切り、止められそうにない。


「それはほんの少しの運だ。それは仲間との絆だ」


 戦いたくない、という気持ちはまだしっかりとある。

 だが、スキルは私の意思を無視し、身体が勝手に下段に構えた。

 上から力の乗った振り下ろしには、距離の加速をもって防ぐ、という意図。

 中段、下段、左右の変化だって重力に逆らう事でどうしても遅くなる刃が、逆に言えば技量を乗せやすくなる。

 息を細く、それでも止めず。

 一挙手一投足どころか、まつ毛の先まで見逃さないような集中力を、スキルは与えてくれた。

 だが、


「だが」


 聞こえてきたのは左の耳。

 反転して反撃、なんて華麗な真似は出来ず、反射的にハリウッドの爆発シーンのように身体を地面に投げ出し、


「最も大事なのは、意思だ」


 すでに彼は身を投げた私の正面にある。

 引いているのは左の拳。

 それを認識したのは地面を転がる最中。

 走馬燈でお台場すら見えない高速の時間の中、何に反応したのか私の身体は刃を振るう。

 側転するように吹き飛ばされている私の視界は、その瞬間だけを切り取っていた。


「っ」


 自らの拳で私を吹き飛ばした彼は、平然と私の正面にある。

 それこそ鉄だろうとなんだろうと、何をどうやったのかわからず振った私の刃が地面から飛び上がるようにして放たれた。

 例えばルビーなら、アグネスなら、この一撃で確実に上から下まで開きに出来ただろう。

 だが、彼。娘に振り回されていた情けないパパさん。

『静寂たる』サンデーは、気軽に居酒屋の暖簾をくぐるように、私の剣に手の甲を触れさせると、さらりと流した。

 うっそだろ、という思考は、


「君は運命を踏破出来るか」


 転がる勢いを利用して、スキルが身体を立たせる。

 が、当然のようにサンデーは私の正面に存在していた。

 構えはどこまでも変わらず。引かれた左拳の軌道に合わせるように、スキルが刃を振るう。


「大事なのは、スキルではない」


 太い指だ。

 ごつごつとした、男の五指が私の首を掴んでいた。


「スキルに乗せる意思だ」


「ギィッ!?」


 自分の喉から出たとは信じられない声と、私の首を締め付けようとする彼の右腕を斬り落とそうと繰り出される刃が同時に出るが、当然のように何の意味もない。

 哀れを誘うような無様な鳴き声も、惨めったらしい刃も、どこかで信じていた剣才ユニークスキルも何もないからっぽだった私の人生も、花咲き誇るはずだった事への悲しみも、戦いたくないという嘆きも、理不尽なまでに強いサンデーへの無力感も。

 何もかもが無意味だ。

 無理矢理振ったせいで宙を泳ぐ身体に、スキルが先を示そうとする。

 だが、アグネスとルビーには通じていたスキルは、永遠にも似た速度領域でしかなかった。

 どこまでも、どこまでも遅かった。

 それは永遠と刹那を比べるような物だ。


「君は僕達をナメている。勇者パーティという人類最強をナメている」


 もう、彼は構えていなかった。

 当たり前だ。

 地面に埋まるようにして、口から血を流して、涙どころか鼻水だか鼻血だかわからない相手に何を恐れる事がある。


「ひいっ!?」


 じゃり、と土を踏む音。

 ただそれだけで、頭を抱えて怯える女に、何を恐れる必要があるんだ。

 今になってやってきた痛みは、もうどこがどう痛いのかすらわからない。

 腕が痛いのか足が痛いのか腹が痛いのか頭が痛いのか。

 剣なんていつの間にかどこかへ吹き飛んでいったし、もう馬鹿馬鹿しくなるほど転がされた。

 最初から、やらなきゃよかったんだ。

 どうして復讐なんてしようと思ったんだ昨日の私はどうして勇者パーティの話なんてしてしまったんだなんでメリーポピーなんて。

 見なければ怖くない、なんてそんなはずはないのだけど、私は亀のように頭を抱えてうずくまる。

 身体を入れ替えた時、口の中でからからとした音が、折れた歯が口の中でぶつかり合う音がした。

 心が折れる音だった。


「君は……いや、なんでもない」


 見なければ許してもらえるはずなんて、有り得ない。

 おそるおそる顔を上げてみれば、彼は左の拳を振り上げていた。


「せめて、苦しませず終わらせよう」


 私がよく見慣れた表情。失望。

 彼の弱さは、どこにも見えなかった。

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