レベル62『聖処女』ルビー・リリィマーレン前

 森を歩く事、四日。

 落ちていた剣を拾ったのと、少しばかりスキルに慣れたくらいで、特に何もなかった。

 人とすれ違う事のない獣道は、ある意味では落ち着く道程だ。

 しかし、道があるということは、いつか人のいる場所に着くという厳しい現実が待っている。

 つらい。

 森を抜けると、そこは砦だった。

 その辺りに生えている木から枝を落とし、そのまま地面に打ち込み、隙間なく並べ立てた塀は、そのまま登れる気はあまりしない。

 塀に剣を突き刺したり、先を輪にしたロープでも投げれば登れない事はないだろう。

 そろそろ夕暮れとはいえ、四方に建っている櫓にいる兵士達が見過ごしてくれると期待するのはさすがに無理がある。

 何より門番さんと、めっちゃ目が合ってる。

 今から引き返して隠れたら、私は怪しい者です、と宣言してるようなものだろう。


「こ、こに……」


 まぁ挨拶しても怪しい者なんですけどね。

 花のドレスを着て、片手にはズタ袋。片手には抜き身の剣を握る女エルフ。

 山賊の持っていた鞘が、血まみれになって触りたくなかったからといって抜き身のままはなかった。

 しかも、めちゃくちゃ挙動不審だ。脇汗が出てきた。

 もし、私が門番だったら牢屋に送る。

 だというのに、


「やあ、旅人さん!まさかたった一人で聖女様へ会いに来たのかい?」


「は、はい」


「おお、なんて感心な人なんだろう!魔王を退治した当初はたくさんの巡礼者がやってきたけれど、十年経った今ではほとんど来なくなってね……貴方に祝福がありますように!」


 満面の笑顔で迎えられるとは思わなかった。


「『聖女』ルビー様はお優しい方だ。お会いしたいのなら、誰だって会ってもらえるだろう。でも、この時間からだと失礼だから、宿を取る事をお勧めするよ」


「は、はい……」


「宿は門から真っ直ぐ行った所にある。それでは楽しんでいってくれたまえ、旅人さん!」


 山賊のように卑下た態度を取られるのも嫌だけど、こうして大歓迎されるのも何だか微妙に恐い。


「あと抜き身のままうろつくのはさすがにやめてくれよ!何か事情があるのかもしれないが、さすがに恐いからね!」


 ぺこぺこと、無意味に何度も頭を下げながら、私は砦の中に入った。

 見た目の厳つさとは違って、ほぼフリーパスなんだけど本当にいいんだろうか。

 中に入ってみると、門のすぐそばこそ多少のスペースはあるが、ぎっしりと家々が立ち並んでいる。

 道は狭く、まるで時代劇で見た長屋のような木製の建物ばかりで一軒屋がない。

 一軒屋が一軒もない。

 一人だったら大爆笑間違いなしの面白ギャグだけど、歩いている人が結構いる緊張でくすりとも出来なかった。

 ニンゲン、コワイ。

 砦、と思っていたけど、中に入ってみると、やたら狭苦しい意外は普通の村のようだった。

 いや、ここ以外に知ってるのは、海辺の村くらいだけど。

 買い物帰りなのか大きな荷物を抱えて歩く男性や、汗だくで上半身すっ裸で歩いている男性もいる。

 ぴりぴりとした雰囲気はどこにもなく、妙にみんな笑顔だ。

 なんか変なのが歩いてる、と思われてるのかもしれない。

 突然石を投げられたり、あの狭い路地に入るとワイヤーが張って……いや、落ち着こう。

 私のようなダンゴムシに注目する人なんて……本当にいないな。

 私を見た山賊は腹を空かせた野良犬よりもがっついてたし、こんなマブい女は見た事がない、とも言っていた。

 話十分の一に聞いてもエルフに転生した今の私は、多少はマシな……はず……いや、そんな事ないのかな。

 でも一応、胸は結構ある。

 ……いやでも、私のだしな。興味持たれなくて当たり前か。

 キョロキョロ見回しても、目が合う男の人がまったくいない。

 本当にまったく興味を持たれてないし、そういう物なのだろう。

 周りが男性ばかりだと、生物学上だけは女だというだけでじろじろ見てくるものだと思っていただけに不思議な気分だ。

 そんな一人で赤面してしまいそうなうぬぼれを考えながら、とぼとぼと歩いていく。

 今から聖女様とやらに会いに行くのも悪くないが、もう少しこの砦のような村を調べてもいいだろう。

 斬るべき相手はあと五人。

 聖女様を斬って、山賊を処理したかのように何事もなく村を出られるはずもない。

 まずは宿を取り、明日から色々と調べていこう。






「……ふう」


 何とか受付の男の人との受け答え、という難関をクリアした私は、すっかり疲れ切っていた。

 ずっと歩き続けた方がいっそ楽だ。

 まさか村の中で野宿するわけにはいかない以上、これは乗り越えるべき試煉だった。

 案内された部屋は、狭い。

 縦に長い作りは、藁の上にシーツをかけたベッドが入ればギリギリで、両手を伸ばせば壁についてしまう狭さだ。

 その分、宿の部屋数は多く、ひょっとしたら十年前はこれでも足りなかったのかもしれない。

 今ではどうやら私だけだが。

 諸行無常、盛者必衰というやつか。

 好きだったバンドの名前が聞かなくなっていくのは、寂しいものである。

 あんな想いをしていたのか、と思えばここ最近あまり巡礼が来ないと言っていた門番さんの気持ちがわからなくもない。

 元は日本人だからか、神様を信じる気持ちはまったくないけど。

 海外にはガリガリのパンクで、神様を讃えるゴスペルを歌うバンドが結構あるが、曲として好きなだけで歌詞については特に興味がなかった。

 ジーザス!こいつはすごい奴だぜ!

 日本だと、おおブッダよ!寝ているのですか!みたいな。

 違うか。


 今日は久しぶりのベッドでゆっくりして、明日から本格的に動くとしよう。

 村の下調べと、どこかで鞘。最低でも布を手に入れる事を目指すぞ。


「……人と話さなきゃいけないのか」


 心の底からいやだけど、やるしかないから頑張ろう……。

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