レベル61『聖処女』ルビー・リリィマーレン

「っりが……ごった……」


「まだ無理しなくていいのよ。もっとゆっくり休んでいけばいいじゃない」


「う、で……」


「温かいスープも用意してあるのよ?さ、行きましょう」


 そんなやり取りがあったのは、前日のこと。

 私はようやく旅に出ていた。

 中年のご婦人の勢いに勝てると思うより、そこにどう適応するのかが大事だ。

 いや、毎日旅に出る旅に出ると言い続けていたら、本当に仕方なさそうな顔で送り出してくれただけなんだけど。

 無一文で放り出されるだけでもありがたいというのに、それどころか数日分の食料と、少しばかりのーーだけど、こんなにしてもらうのは申し訳なさすぎるーー路銀を持たされた。

 何故、あの村はこんなにも優しくしてくれたのだろう、コミュ障のダメエルフの私に。

 わからない。

 わからないけれど、いつか何かの間違いで大金を手に入れた時はありったけ渡そう。


 そして、あの夜に出会った老人は、あれ以来、村のどこを探しても見付からなかった。

 私なりに勇気を出して村の人に聞いてみたけれど、困った表情を浮かべるだけで誰も答えてくれない。

 まさかこの私が、それでもぜひお願いします!なんて言えるはずもなく、謎の怪しいジジイ、という初対面から何一つ情報が増えていなかったりする。

 一週間も探したのに……一週間も引き留められていた方が我ながら情けない。

 嫌いだ、と言われるのは構わない。

 どうせそういうものだとわかっている。

 だけど、優しくされると……その、困る。

 塚田さんもそういう人だったなあ。

 てくてくと歩く道行きは、平穏としか言えないものだった。

 小学生がプールに向かうように、片手にはズタ袋に入った食料。

 地味に重いけど、捨てる気になんてまったくなれない。


 重い、想いだ。


「ぷぷー!」


 ちょっと我ながら今のはイケてるね、これ。

 今年度最高傑作だね。わかる。

 はい、というわけでですね。

 ……海辺の村から半日も歩けば、風の匂いも変わってくる。

 潮の匂いと森が焼ける匂いが遠くなり、慣れ親しんだ暗い森の匂いだ。

 鬱蒼とした、人の手がほとんど入っていない森の中は「多分、道かも……いや、どうだろう?」と迷う獣道が続いている。

 エルフの森は割と人の手が入っていたから、下草がぼうぼうと繁っているような事はなかった。

 同じ森でも、少し新鮮だ。

 ぼうぼうに繁ってたのは、私の周りくらいだったから、むしろ慣れてるのだろうか。

 よくわからないが、なんだか楽しい。

 確かに三味線を弾いているだけで満足だったが、こうしてふらふら歩いてみるのもよかったかとしれない。

 今さらだけど。


「…………」


 いつの間にか、日が暮れようとしている。

 エルフの眼は、夜だろうと別に困らない。

 新月の下で細かい細工をしていたって、近眼にならないのだから大した生き物である。

 少し、歩き続けるべきか迷った。

 歩き続けるなら、普通に出来てしまう。

 耐久値と持久力が同じものなのかはわからないが、レベル61にもなると運動なんてまったくしていなかった私でも平然と歩き続けられてしまうのだ。

 人から、どんどん離れていく。

 その事が恐い……とはまったく思わなかった。

 元々、何かの間違いで人間社会に紛れ込んでいたようなものだし。

 ただ、こういうタイミングで休まないと、もらった食料を食べる機会がない。

 そうと決まれば、焚き火を……どうすればいいんだろう?

 薪を集めればいいのかな、とりあえず。


「よし」


 野宿とかちょっと憧れるところがあるよね。

 焚き火を前にギターを弾く、みたいなメアリー・スー。正直ちょっと憧れる。

 まぁその周りを囲む仲間達はいないんですけど。

 少しばかり木々の密度が減った気がするような道端に荷物を置いた私は、うきうきしながら落ちていた枝を拾っていく。

 観光地や公園で「木を折らないでください」という看板があったりしたし、あまり折らない方がいいのだろう、多分。

 どのくらいの量が必要なのかはわからないが、とりあえず両手に抱えるだけの枝を拾ってきた私は、ふと気付いた。


「……火は?」


 ライターなんて、もちろんない。

 火打ち石?どんな形をしているの?

 炎の魔法?どうやって使うんだ。


「精霊さん、お願いします……!」


 三味線が出てきた。

 いや、そうじゃなくて。

 いや、弾きますけど。

 適当に小山のように枝を置いて三味線を弾いていると、その小山に突然火がついた。

 精霊魔法ってこうやって使うのか……絶対、正しい使い方じゃないと思う。


「ありがとうございます」


 ごそごそと食料袋を漁ってみれば、上の方に入っているのはオレンジのような果物だ。

 美味しい。

 皮を剥いて噛りながら、ごそごそと漁っていく。

 そして、次に出てきたのは見るからに乾いた、塩の結晶が浮かび上がっている肉。


「おお……!」


 そう、干し肉だ。

 剣と魔法のファンタジーと言えば、干し肉みたいな所があると私は思う。

 小分けにされた袋の中には、豚バラのようにカットされた干し肉がぎっしりと詰まっていた。

 近場にあった枝を一本、干し肉にぐさりと刺す。

 ……なんだか、駄菓子屋に売っている酢漬けイカのような見た目になっている。

 まぁいいや、ちょっと炙ってみよう。

 そして、食料袋の一番奥。

 底の底にあったのは、一枚の地図だった。


「…………」


 日本で見た地図とは違い、縮尺はどうなっているのかさっぱりわからない、それどころか山なら山の絵が描いてあるだけ、というような雑然とした地図だ。

 まるで中世のような地図は、海の中にタコが描かれている。ちょっと可愛い。

 それでも地図は地図である。

 大まかな所では間違っていないんじゃないだろうか、多分。


「…………」


 地図の上には、点が六つ打たれていた。

 始点は、海辺の村だ。

 一つ、二つと点が打たれた地図は、最も北にある点にバツが印されていた。

 あの怪しいジジイがいつの間にか忍ばせていたのだろう。

 感謝するべきか、と一瞬浮かんだが、感謝されたら彼はきっと嗤うに違いない。


 決定的な何かは、無かった。


 だけど、彼とはもう一度会わなければならない。

 もう私の全ては、真っ黒に染まっているのだから。

 復讐が、全ての欲求のそばにある。


「おいおい、マジかよ。こんなマブい女見たことねーよ!」


「俺らにも運が回ってきたみたいだな!」


 がさがさと森の奥からやってきたのは山賊だ。

 逆に山賊じゃなかったら、なんだという風体をした彼らは三人。

 その誰もが欲に浮かれた顔をして、とても醜い。

 まぁ醜かろうが、醜くなかろうが、


「はあ」


 私の邪魔になるのなら、全部斬ろう。

 何の違和も、何の躊躇いもなく、私は自然とそう思った。
















・名前 :

・レベル:62

・ジョブ:復讐者

・二つ名『     』


・能力値

 生命力:201

 力  :192

 耐久力:73

 敏捷 :286

 魔力 :112

 知力 :98


・パッシブスキル

 剣術 :1431

 痛覚遮断:589

 身体制御:507

 精霊魔法:15

 演奏(三味線):7


・ユニークスキル

 天蓋絶剣の才:EX

 復讐する葦ヴェンジェイス・イズマイン:11

 学思則罔:10

 識見 :3

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