レベル61『剣聖』ビッグレッド・ムーングラス・2

 私の無音は破られて、波の音がよみがえる。

 さざめきの中、ふるふると震えるような余韻が、どうしようもなくたまらない。

 つまり、いえーい、せんきゅー!という事だ。

 わかるね?

 それな、わかる。


「はあ」


 よくわからない事を考えながら吐いたため息は、決して悪い物ではなかった。

 満足してしまっていた。

 突然、涙を流してもう演奏出来ない、となるわけでもなく、ふと彼の顔が脳裏をよぎるわけでもなく。

 月がいよいよ沈みかけるまで、弾くだけ弾いた。

 その事が、つらい。

 結局、私は誰がいてもいなくてもどうでもいいんだろう。

 あの瞬間にあった悦びは、砂浜に書いた言葉よりも頼りない。

 もやもやと曇り始めた自分を晴らすには、ここはもう一曲……いや、そういう所がダメなんじゃないかな。

 でも、私がダメなのは筋金入りだし、今さらどうにかなるもんでもないんじゃ。

 変わろうという私の勢力が小さすぎて自分でもびっくりするくらい、あっさりとダウナーに流れていく。


「ふう」


 ……復讐。

 私の復讐は、終わったのだろうか?

 あんなに痛い思いをして、誰かを殺すなんて本当に馬鹿げている。

 何もかも終わったのなら、感動的なBGMくらい流して欲しい。

 それなら私もきっと区切りをつけられる。

 ハッピーではなくても、これから強く生きていくぞい!みたいなさ。

 レベルアップを告げるより、ステータス画面さんは、そういう所に気をきかせていくべきでは?


「いや、大したもんだったよ」


「!!??!??!」


 本気で忘れてた。

 ぱちぱちと鳴らされる拍手は……多分、熱がある。

 お義理では、ない……と思いたいだけかもしれないけど。


「っ、りが……」


「いやね、あんまりにもずっと弾いてるからお酒無くなっちゃってね。本当はそろそろ失礼しようかな、とは思ってたんだよ。でも、あと一曲、あと一曲聞いたら帰ろうとずるずる居座っちゃったよ。ごめんね?」


「ほ、ひ」


「こんな時間まで起きてると、うちのカミさんにまーた怒られちゃうよ。しかも、相手がこんな綺麗なお嬢さんでしょ?若い娘さんにデレデレして!って尻が割れるくらい叩かれそうだね」


「だ、だ」


「ややや、ごめんね。怪しいジジイ、若いお嬢さんとお話し出来て、ちょっと舞い上がっちゃったよ」


 絶対に嘘だ。

 前世の職場にいた塚田さんを思い出す喋りっぷりは、いつもこんな感じなんだろうと確信出来る。

 まともに返事の出来ない私相手でも、遠慮なく喋り倒す感じが、とても塚田さんだ。

 親の親戚がどういう人なのかはわからないが、塚田さんの親戚の子供がどこの高校に行ったかも私は知っている。

 私が前世の知識を活かして大金持ちになるには、塚田さんの会話の中に有益な物があったかどうかだ。ないけど。


「ところでね、お嬢さん。お礼に怪しいジジイが相談にのってあげよう」


「いいです」


「そうかそうか。では、少し話をしよう」


 え、いいですって言ったんだけど、私。

 いや、こういう展開も塚田さんで慣れてるけど。

 自称怪しいジジイは、最初からずっと砂浜にあぐらをかいて髭をしごいている。

 それだけなのに、


「なあ、お嬢さん」


 どこか、違った。

 空気が重くなるような、指一つ動かしただけで全てを見通されるような。

 爛々と輝く眼だけが、変わっていた。

 これでも一応、女の身だ。

 メリーポピーからだって、そういう・・・・視線があったのには気付いている。

 仕事が出来ない上、説明もまともに出来なかった私に浴びせられた数々の怒りの視線とも、違う。

 だけど、嫌な視線だ。

 私を見ながら、私以外を見ている。


「お嬢さんは自分が迷っている、と考えているね」


 聞くべきではない、と思った。

 断定される言葉は、私をどこかに連れていこうとしている。

 真っ暗な海より、なお暗いところへ。


「それは違うよ。勘違いでしかないさ」


 優しげな口調、柔らかな雰囲気。

 眼に宿るギラギラとした光が、その全てを反転させる。

 こっちが彼の本性なのだろう。

 どこか崩れているかのような、何もかもがどうでもいいような投げやりさ。

 恐い、恐い人だ。


「君は星のない夜空を見て、何故暗いのかを嘆いている」


 そして、それはひどく私に近い物だ。

 無機質で、そのくせどこか諦めきれていない。

 輝く物が、もっと遠くにあればよかったのに、と嘆いている。

 絶対に手が届かない輝きの下で、それがあってよかったのだと舌を出して浅ましく喜んでいる。

 その浅ましさが、憎くて憎くて仕方ない。

 その浅ましさが、何かの証明になるのだと信じたい。

 浅ましさは、浅ましさでしかないのだろうけれど。


「音に乗っていた重い物は、ただ当たり前のように君に馴染んでいるだけだ。真っ黒で染まった中から、真っ黒な物を探そうとしたって見付かるはずがないじゃないか」


 鼻で笑ったのは、どちらか。

 私か彼か。どちらでも大差はない。

 私は彼を嗤い、彼は私を嗤う。

 どちらも自分を嗤っているだけだ。


「寂しいじゃあないか。なあ、ご同類」


 老人は嗤った。

 それは、私へ向けた物ではなく、自分へと向けた嗤いだった。


「そこまで来て、僕を置いていくもんじゃあないよ」


 彼は、痛みの中で生きている。


「独りで死ねれば、それでよかったのに」

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