レベル1『並ぶ者なき』メリーポピー・中後
「そいでな、おいらは言ってやったのさ。『勇者様、ここで膝をつくわけにはいきませぬ!貴方の後ろには無力な民がおるのです!』
おいらの声援で勇者様は、自分の使命を思い出し必殺の蒼流争覇斬を……」
ほんま誰やねん、こいつ。
思わず慣れない関西弁使ってしまうくらいには誰やねん、こいつ。
しばらく見ないと思ったら、また戻ってきて私の前で延々と喋っている。
大人の人間をそのまま子供サイズに縮めたような姿は、恐らくホビットというやつだろうか。
耳が尖ってないからグラスランナーではない、と言いたい所だけど、買うだけ買ってプレイはした事のないTRPGのルールブックに、耳の尖っていないグラスランナーがいた気もする。いなかったかもしれない。
なら、本人に聞けばいいのかもしれないけど、こわいから無理だし。
わからない事があっても、困るまでは黙っていたい。
そんな引きこもり生活半ミレニアムの私に、このホビットは何を求めてるんだろう。
目を合わせるのが怖くて、ちらっと半目で見てみれば、やっぱりそこにはあぐらをかいたホビットの姿があった。
短くかりこんだ赤毛の下には、らんらんと輝く真っ赤な瞳。
やだ、人生楽しそうな人だ……こわっ。
「おい、メリーポピー。……どうだ?」
「今日もあざーっす!……うん、うめえっすよ、エルフさん!」
「よし、明日も作ってくるから楽しみにしてろ。あと酒も出来たから味をみておけ、いいな?」
「あざーっす!あざーっす!」
よくよく見てみれば、あぐらかいてる彼の周りにお供え物みたいに色々と、野菜だの宝石だの置いてある……リア充だ、こわっ。
なんでこんな怖い人が私の前で話してるんだろう……逃げたい。
そんな感じでしょぼくれていたのが悪かったのだろうか。
私の薄目に気付いたのか、ホビットの人がウィンクをしてくる。
思わず反射的に目をつぶってしまったけど、いきなりキレて殴りかかってこないよね……。
もうなんかよくわかんなくて、本当にこわっ……。
帰ってくんないかな、この人……。
よし、とメリーポピーは力強く拳を握った。
魔王退治の旅が終わったその足で、楽器を奏でるエルフの前にやってきてから三年。
ようやく彼女がメリーポピーの方を見てくれたのだ。
確かに彼女が目を開いたのは、ほんの一瞬でしかない。
だが、メリーポピーにとっては大きな大きな一歩だった。
他人からの視点は、残念ながらメリーポピーになかったが。
「さて、なんやかんやあって西も西、さいはての先に広がる大砂海にやってきた我々勇者一行。そこで待ち構える敵とは一体何者なのか」
べんべん。
と、ふと気付いた時には、私は彼の言葉に合わせて三味線を弾いていた。
彼はいつの頃からか、私の音の隙間に声を差し込むようになっていた。
三味線の音と人の声が重なれば、よほど大きな声で話さない限り、三味線の方が勝つ。
前は何を言ってるか(そもそも聞く気がなかったけれど)わからなかったのが、今ではひどく聞き取りやすくなっている。
ああ、この人は私に歩み寄ってるんだ、と気付いてしまった。
気紛れでビートルズを弾いたり、JPOPにしたり、民謡にしたり、自分でもよくわからない曲を弾いたり、真面目に合わせようとすれば、ひどく難しいはずだ。
なのに、苦もなく……なんて、言えるはずもないくらいに頑張って合わせてくれた。
初めの頃はイラっとしてわざといきなり曲を変えたし、テンポも変えてみた。
それでもゆっくりと、本当にゆっくりと彼は私に合わせられるようになった。
(ああ、参ったなあ……)
いくらなんでも、この好意に気付かないふりは出来なかった。
こんなにも全身で向かってくる彼の名前すら、私は未だに知らない。
それは、とてもとてもひどい事をしているのではないだろうか。
普通に話すのなんて、私には出来ない。
それでも……私は彼と話してみたいんだろうか。
話さなければいけない、とお義理とも違う気はする。
彼が何を想っているのか、聞いてみたかった。それは確かだ……と思う。
ひょっとしたら全部、根暗引きこもりの勘違いでしかないのかもしれないけれど、それでも私は。
彼の話は盛りすぎて、いよいよひどい事になっているし、すでに勇者様が脱獄した監獄は三十以上になっている。そんなドラマあったよね、終わらない刑務所ブレイク。
どこの世界にそんなに投獄される勇者がいるんだ。
でも、それすらも私に話しかけよう、という彼の頑張りの結果だった。
何年も何年も無視されて、それでも話しかけようなんて想像するだけでもぞっとする。
それは、とても怖い。
もし言葉を作れば、彼は呆れて離れて行ってしまうんじゃないか。
大きな大きな(勘違いでなければ)この好意に、私が返せる物があるんだろうか。
たくさんのネガティブが、私の中で勢いよく増殖していく。
それでも私は何かを返したいと思っている。
それは生まれて初めての感情で、きっと愛でも恋でもなかった。
この心臓の高鳴りは、浮かれるようなドキドキじゃない。
それよりもっと切迫した追い詰められた鼓動だ。
甘やかさを感じる唇、というよりからからに乾き過ぎて口の中が切れて血の臭いがする。
そりゃ愛でも恋でもないわ、これ。
「!?」
いきなりパンクを弾き始めた私を、彼が驚いた顔で見てくる。
つい女子力と怒りが溢れただけなんで、気にしないでください。
綺麗な服なんて全然知らないし、美味しいご飯はそもそも五百年くらい食べてすらいない。
今さら可愛い女の子のふりなんて、出来やしない。
それでも、私は彼を信じていいんだろうか。
信じていいと思いたがっている。
でも、
「さあ、お立ち会いの皆様!今日の演目がよかったと思えば、このかごに!このかごに財布の中身を少しばかり!いや、どーもどーも!あ、お酒美味しかったです、ありがとうございます」
「今日も面白かった」
……少し周りに人が増えすぎじゃないだろうか。
盛りに盛った彼の話は、娯楽らしい娯楽がほとんどないエルフ達に大ウケだ。
今日もびっくりするくらいに人が集まっていて、百人くらいはいる。
もちろん大部分は彼の話に惹かれているのだろうけれど、そこにほんの少しだけでも私のBGMに意味があるのなら、それはそれで嬉しくもあり。
誰かが喜んでくれるのは、きっと嫌いじゃない。
でも、こんなに人が集まってる前で、彼に話す勇気なんて私の中にあるはずがない。
だけど、明日こそは。
明日はもっといい日になるんだと。
そうやって手遅れになってからでないと、私は気付けないんだ。
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