レベル1『並ぶ者なき』メリーポピー・中

 え?おいらがどうして魔王退治の旅に着いてきたかって?

 そりゃあ燃える正義の心が……あ、はい、そういうのはいいのね。

 んーでもなあ、ちょっと恥ずかしいから話したくないかな。

 ……んーおいらの口が軽くなるようなお水が欲しいなって。……おっと、こりゃすまないね。まるで催促したみたいで!

 へへっ、慌てなさんな慌てなさんな。

 お酒様は天使に取り分持って行かれるけど、おいらメリーポピーは天使に召されるくらいならみんなを盾にして逃げてみせるからね。

 おいらは手ぶらで来てるんだから、しっかり守っておくれよ?

 ……はい、調子に乗りました。で、何の話だっけ?

 ああはいはい、なんでまた手ぶらで魔王退治に着いてきたのかって話か。

 いやいや、何をおっしゃる皆様がた。おいらの懐からは薪が出てくる鶏肉が出てくる串が出てくる塩が出てくる。

 つまりー?焼き鳥が作れる!

 ……作りながらでも話せとは、ちょいとばかり情緒がないんじゃないかい、勇者様。はいはい、塩で……うるせえ、タレなんてねえよ、盗賊野郎。

 魔王退治なんてやつは慌てたってダメさ。心に余裕を持たせて……いい加減に話せって剣を突き付ける事はないじゃないか。そんなんだから狂戦士って呼ばれるんだぜ騎士様よ。

 ……あーはいはい、わかりましたわかりましたよ、聖女様!

 こいつは語るも涙、聞くも涙のお話しで……おう待てこの野郎!?そいつに触れたら戦争だろうが!?

 ……わかった。絶対に、絶対にそいつは黙っておけよ、この盗賊野郎のこんこんちきが!

 なんて奴らだい!これが正義の勇者様ご一行とはおいらは本当に驚いたね!くそったれ!

 ……バカヤロウ、言いたくねえよ、こっぱずかしくて。もう一本飲まないとやってられないね!……おっと、ありがとさん。

 おいらは見ての通り、オークの……何の意味もない嘘くらい許してくれよ。チンケなホビットですよ、はい。

 まぁみなさんお分かりの通り、ホビットって奴は手癖が悪い。足癖も悪けりゃ口も悪い。へへっ、おいらを抜かしてね。

 で、ホビットのお仕事をするために、噂のエルフの森にお邪魔したわけさ。

 ちまたの噂ではお宝わんさか、あれこれ山盛りだからね。

 人食い百足が徘徊し、前人未到の大森林!メリーポピーの前に立ちはだかる物とは!

 いや、何もなかったんだけどね。

 ただ単純にすげー深いってだけで、危ない生き物なんてこれっぽっちもいなけりゃ、エルフだってやる気がない。

 ちょいと素直になれる魔法のお水を買うのに協力願おうと思ったら、山のような宝石をおいらに渡して奴らはこう言うわけだ。


『どうだ?気にいったか?』


 今になって考えりゃあ、ひええ何て素晴らしいもんを!とか涙の一つでも流せば譲ってもらえたのかもしれないが……え、それならエルフは引っ込めて自分の手元に置く?それ、どうすりゃいいんだよ、弓師の姉さん……。

 たまげちまってろくな返事も出来なかったおいらを前に、あのエルフ野郎は舌打ちしながら、火の魔法で燃しやがったんだぞ、もったいねえ。

 まぁそんなこんなで真面目にお勤めするのが馬鹿馬鹿しくなっちまったおいらは、しばらくエルフの森に厄介になる事に決めたのさ。

 あれはあれで一つの楽園ってやつなんでしょうね。

 とびきりうめえ果物と、めんたま飛び出るくれえの野菜を食わせてくれるし、エルフが百年こだわり抜いた厳選牛肉まで真面目な顔して持ってくる。

『どうだ?美味いか?』と真面目な顔で聞いてくるあいつらは、本当に何考えて生きてるのか、さっぱりわかんねえ。

 同じエルフでも、弓師の姉さんくらい分かりやすければいいんですがねえ。

 ……え、はい。弓師の姉さんは複雑な大人のエルフです、はい。

 というわけで、分かりやすい弓師の姉さんはともかくとして、エルフってーやつらは何一つわからんわけでさあ。

 みなさん方が考える飛びっきりの美人さんを頭に思い浮かべてくだせえ。その百倍の美人さんが、どういうわけか逆立ちしてぴくりとも動かない。

 一体やっこさんは何をしてるのか、と他のエルフに聞いてみれば、よくわからんが神代の頃からずっとやってる、ときたもんで。

 他にも意味がわからないエルフと言えば、頭に赤い洗面器を乗せたエルフが……え、このままどうでもいい話をして誤魔化す気だろうって?

 バカヤロウ、この盗賊野郎!おいらがそんな真似するはずねえだろうが!……あ、はい、すみませんでした。きちんと話すので剣を引いてくださいませんか、騎士様。

 で、ですね……え、赤い洗面器の続き?

 あのね、勇者様。あんたはお強いからわからんのかもしれませんがね、こちらの騎士様のツラをよく見てくださいよ。

 紙芝居を前にした子供みたいなツラしてるじゃありませんか!これ以上、寄り道したら、本気で刺されますからね!

 てなこんなで、ほんとつまんねえ話なんですが、エルフの森のそのまた奥に、これまたとんでもねえべっぴんさんがいたわけですわ。

 ……どんな?

 ど、どんな、と改めて聞かれると、本当に困る。

 エルフだから金髪なわけで、そいつがぶわっと腰まで伸びてて、ねえ?

 ……顔かー顔なー。俺がこれまで考えてた一番きれいな顔をあの子に重ねたのか、それともあの娘っこを見たからなのか、間違いなく一番の美人と言えばあの子って言い切れるくらいに、そんくらいに綺麗だったな……。


 ……へ?素が出てる?

 …………へ?俺?


 バカヤロウ、この盗賊野郎!?……俺じゃねえとか言い訳すんじゃねえよ、バッカこのバカ!

 おっと、一番大切な事を忘れてやがったね、おいらとしたことが!

 ゲヘヘ、そのエルフの娘っこだがね、真っ当な服を着てなかったのさ。

 何がどうなってるのかわかりゃしないが、木の根っこで編まれたドレスで……そう、大輪の花の数々と、その下にちらちらと見える白いお肌がもう本当に綺麗で俺はさ……そう、辛抱たまらないって、おい盗賊野郎今日という今日は許しておかねえぞ!

 俺のうつくしー思い出が、てめえみてえなうすぎたねえ髭面に汚されるとあっちゃあ!……あ、はい、すみませんでした騎士様、話を進めますね、はい。

 まぁこのべっぴんさんにね、お近づきになりたかったあっしは話しかけるわけですよね、ゲッヘッヘ……いっそツッコんで弄れよ、お前ら!こういう時だけ大人しく聞きやがって!バカ!ほんとバカ!

 クソっ!もうほんとやだ、一杯ちょうだい盗賊野郎!ありがとうな!死ね!

 ってなわけで、おいらはひたすら話しかけたわけですわな、五年くらい。……うん、五年。

 その間、返事があったのは一回もありませーん!……笑えよ。

 この哀れな俺を笑えよ、お前ら。

 ……そのエルフは何をしてたって?ああ、さすがは勇者様ですねえ。きまずい雰囲気を真っ先になんとかしようという、その勇気!


 おい、盗賊野郎。酒だ。


 ……リュートかギターみたいな楽器を弾いてたましたね。

 毎日毎日、雨が降ろうと天気がよかろうと。

 目をつぶったまま、朝だろうと夜だろうと、ずーっとずーっと弾いてましてね。

 年に一回くらい歌い出すんですが、その声ときたらもう……おい、盗賊野郎。酒だ。

 ……うるせえ、上等なの隠してんのはわかってんだぞ、この駄髭。

 ……かーっ!うめえな、こいつは!たまんねえわ!

 で、赤い洗面器のエルフが……あー、はいはい、わかりましたよ、ちくしょうめ!

 おいらがあんた達に着いてきたのは、いっちょ大した男になるためさ!

 魔王を退治したとなりゃあ、確かにすげえ。でも、よく考えてみりゃ昔々のお話も数えるほどにはありやがる。

 しかも、おいらの腕っぷしなんざ大した事ねえんだから、しょぼくれたみそっかすであの人の前で大威張り?出来るわきゃねえってんだ!

 その点、武器も持たず魔法も使えず、そんな一物いっちょで魔王退治。そんなバカはありゃしねえ。

 戦うのは人任せ、回復だって出来やしない。何しに行ったかメリーポピー。


 これより前も、これから先も、誰一人として『並ぶ者なき』メリーポピー。

 バカはバカでもとびっきりの大バカさ。こう大した名乗れの一つも上げれりゃ、おいらはもういっぺんあのべっぴんさんの前に立てると思うんだ。

 何一つやっちゃいねえが、おいらが胸張って出来るモンはこいつしかねえ。


 だから頼むよ、勇者様がた。おいらを男にしてくれねえかい?

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