レベル1転生者がレベル99になるまで
久保田
レベル1『並ぶ者なき』メリーポピー・前
私は駄目な奴だ。
いじめられたわけでもないのに不登校、理解のある家族がいて拒食症、町を歩けば他人の視線が怖いし、電柱と壁の隙間にはピアノ線が張ってあって、そこを通ったら死ぬと真剣に信じていた時期があったくらいには駄目だ。
いやだって人混みを歩いていたら、みんなが私を笑ってる、とか思うでしょう?
チビでブサイクで、つまらない人間がこんなきらびやかな所を歩いてていいの?とか思うに決まってる。
十年勤めた会社では、ずっと私は敬語だった。
入って数日の後輩がわいわい話してるのを見ると、私とは別の世界の人間にしか思えなかった。
私は人間が好きではない。
だけど、人間の作った物は好きだ。
壮麗な建築物、陰も陽も鮮やかに描く絵画、空想を形にした物語。
その中でも音楽が好きだった。
計算に計算を重ねるようなクラシックもいい。
行き場のない怒りを叩き付けるようなロックも輝いている。
退屈で寝てしまいそうになる童謡だって、どうしようもなく愛おしい。
だから、自分から死のうとも思えず生きてこれてしまった。
そして……だから、というわけでもないのだけれど、ある日どうしても我慢出来ずに、エレキギターを買ってしまった。
何故だかふと、どうしようもなく……たまらなくなったのだ。
初めはギターを買うだけで満足するつもりだった。
私の狭いアパートにギターがある。それだけで大事件じゃないか!
数日はギターを眺めているだけで満足していた私だが、やっぱり弾いてみたくなった。
あのキラキラした世界に触れられるのだから、それは当然だろう。
ただアンプに繋がれていないエレキギターというのは、物悲しい音がする。
アコースティックギターのように心に訴えかける物悲しさではない。
丸一日家から出なかったお休みの夜、コンビニに飲み物を買いに行ったら「今日、花火大会だったんだ……」と落ちているゴミで気付くような物悲しさだ。
大昔、家族と花火大会を見に行った記憶があるだけに、更に物悲しさが増す。いや、誘われても行かないけど。
誘われてもいかないけど、楽しんでる人混みを羨む私は石の下のダンゴムシのような生態をしている。
そんなダンゴムシのような私にぴったりな、本当はギターを弾きたくて弾きたくて仕方ない人達のために存在するアイテムがあった。
それは、アンプ内蔵ヘッドホンだ。
エレキギターの信号を増幅して、ヘッドホンで耳に大音量を叩き付ける。
この最高にクールなアイディアを考えた人が目の前にいたら、身の程を忘れて抱き付いてキスの一つもしてしまうかもしれない。その後はお礼と、迷惑料も兼ねて財布の中身を全て差し出すだろうが。
そんな素敵な発明と出会ってからは、毎日が楽しかった。
自分でも笑ってしまうような下手さも、今のはよかったんじゃない?なんてちっぽけな自惚れも。
職場ではずっと敬語のままで、実の両親ともまともに話せない私だけれど、それでも楽しかった。
広い広い世界の中で私と、通販サイト(楽器店に入るとか無理に決まってる)の履歴以外、私がギターを弾いている、だなんて知らなかっただろう。
……あの世界最大手の通販サイトが知ってる、というだけで、途端にワールドワイドになった気がする。
どこまでも自己満足で、ひどいオナニーでしかない私の音楽は自分でもびっくりするくらい長く続いた。
いつの間にか出来ていたギターダコは、どこまでも綺麗に出来ていない私の体の中で初めて愛しく思えた部分になった。
使いすぎて壊れたヘッドホンは、一つだって捨てられず、部屋にいくつもいくつも飾ってある。
生まれて初めて、私は私を好きになれた気がした。
世の中の真っ当な人達からすれば、つまらない進歩だろうけれど、私にとてもとても大きな事だったんだ。
外から見れば自分の壁にこもって出てこない、どうしようもない根暗の引きこもりのままだろうけど、私だけは私を認めてあげられる、と確信出来るくらいに。
それは世界が変わっても何一つ変わらない。
誰かと話すのは怖いし、外を歩けば被害妄想でしかない恐怖に襲われる。
人種が変わったって、それは何一つ変わらない。
ぼんやりと生きていた私は、いつの間にか死んでエルフになっていた。
びっくりするほどの急展開だったが、私というトイレにこびりついた頑固な汚れのような魂は生まれ変わった程度では何一つ変われない。
勿論、せっかく生まれ変わったのだから、少しくらいマシになろうと努力はした……つもりだ。
でも、父も母も私がオムツの中でハードコアなプレイをしてるのを見ているわけで。
恥ずかしすぎて無理だった。
普通に業務連絡するだけで死にたくなるのに、親子の会話とか難易度高過ぎて無理だったのだ。
しかし、なんというか……エルフという生き物……生き物なんだろうか?
エルフという存在は人間とは格が違う。
有史以来、老死したエルフがいない事からも恐らく寿命もなく、なんらかの理由で死んだとしても数年から数百年で自然と復活するような代物だ。
そうなると人間風情の尺度で計り知れる精神性ではなくなるらしく、まともに喋らない私を前にして両親はこう言った。
『まぁこういう子もいるよねー』
超軽い。
そんな感じでふわふわと風の精霊のような両親(数千歳)が、ナチュラルに私を
エルフ全体がそんな感じらしく、さらっと捨てられた。
捨てられた、と言っても太陽に当たってれば、エルフはすくすくと育つから別に問題はなかったりするが。
ちなみにある程度まで育てば、太陽すら必要ない。
エルフの森の片隅の、薄暗い木陰に隠れ潜んでいる私がそれを証明している。
ご飯を食べる必要もなく、排泄すら必要のないエルフはみんな好き勝手にしていた。
人間の世界に憧れ、冒険者になるエルフもいれば、一体いつの頃からやっているのか。神代から逆立ちをしたままぴくりとも動かないエルフもいる。
エルフの御神体か何かなんだろうか、あれは。
目が飛び出るようなイケメンが、森の中で凄まじく綺麗な逆立ちをしている光景は頭がおかしくなりそうだった。
そして、私はと言えば、前世の焼き直しだ。
特に努力する事もなく、当然のように使えた精霊魔法で木を加工し、どこかのエルフがなめすだけなめして放置したであろう皮を拝借して、三味線を作った。
無意味に技術を習得し、やるだけやったらどうでもよくなる、というのは一般的なエルフの習性だ。
私の両親、下手したら私の存在忘れてる気がする。
まぁそれはどうでもいい、と思えてしまう辺り、私の人間性のあれさを示している気がするけど気にしない方向でいきたい。
そして、私のやる事と言えば音楽だった。
森の片隅で、よくわからない楽器をひたすら弾き続ける私に、エルフはちっとも興味を示さなかった。
割とメジャーな趣味である楽器演奏は、大概のエルフは納めているのだから当然だ。
そんな感じで一年、一口も飯も食わず、寝もせずにひたすら三味線を弾き続けた。
我ながら狂ってる、とは思ったけれど、人間の三大欲求なんてそもそも関係ないから仕方ない。
そんな感じで二年、三年、十年とあっという間に過ぎていく。
もっと他にやる事ないのか、という感じだが、困った事に何一つ困らない。
話す気のない相手に話しかけてくるようなエルフもおらず、私から話しかける気もないとなると完全に没交渉だ。
私に問題があるとはいえ、幼女独り放置するエルフにも問題がある気がする。
そんな感じで百年。何をするわけでもなく、ひたすら三味線を弾き続けた。
気付いたら身体中に植物の根が張り、花がドレスのようになっていた。
まぁ立ち上がった記憶なんて、ここ何十年ないし、ドレスっぽいな、という程度にしかわからないのだけど。
そんな感じで二百年。弦すら切れる事がなくなった。
昔は切れる度に木の根が勝手に伸びてきて直していたのだけど、今ではそれすらない。
何がなんだかわかりはしないが、余計な事に煩わされないのだから私に文句があるわけもなく。
三百年、四百年……多分、体感で五百年は行ってない……んじゃないかな?という頃には目も閉じていた。
木々から漏れる木漏れ日も、朝を告げる鳥達も、何もかもがどうでもいい。
目に映る鳥は気づけば姿が見えなくなり、私の上に咲く花々も朽ちていく。
それなら、私は私だけで完結してしまえばいいんだ。
視界の中の世界すら、私には気が重い。
時を数えるのにも飽きても、手指と耳だけは止まらなかった。
昔々はわからなかった、今ではどうなっているかわからない逆立ちしたエルフの気持ちが、今ではわかるような気がする。
どうにもこうにもならない世の中なら、逆立ちして目をつぶっていた方がマシだろうが……どうしても目をつぶっていられない時もあった。
「……ステータス、オープン」
どれだけぶりに目を開いたのだろう。
・レベル:1
・ジョブ:無職
・能力値
生命力:6
力 :3
耐久力:42
敏捷 :2
魔力 :63
知力 :31
・パッシブスキル
剣術 :785
演奏(三味線):6
精霊魔法:3
・ユニークスキル
天蓋絶剣の才:EX
この苛立ちは、目を抉りとっても消えてはくれない。
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