レベル62『聖処女』ルビー・リリィマーレン後
「こんな時間にどうかしましたか、旅人さん」
「うるさい」
外に出た私を待ち構えていた、というわけではないだろうが、ばったりと衛兵に出くわしてしまった。
即座に一人、一匹かな?まぁ一匹でいいか。
一匹を斬り倒してしまったが、少しくらい様子を見てもよかったかもしれない。
もう一匹いるんだし、後ろから斬れば楽だった。
まぁやってしまった事は仕方ない。
「な、何故こんなを……彼が何を」
「うるさいって」
と思ったが、無駄にくっちゃべってくれたお陰で何の苦労もなかった。
どうしてこう無意味に喋るんだろう。
ただでさえ人と話すのが嫌なのに、人間ですらない物と話させられるのは本当に嫌だ。
「い、一体なにが!?おい、旅人さんは大丈夫なのか!?」
「だから!」
今度は正面の家から男が、飛び出してきた。
私を心配するフリなんてされても、気持ち悪いだけなんだ!
意味がわからない。
飛び込み、反応すらさせず斬り上げる。
なるべく声は聞きたくないから、喉をさくりだ。
返り血は私の背後に勢いよく飛んでゆき、剥き出しの道を湿らせる。
石ころにだって、命はある。
それは人のように、動物のように激しい命ではないし、私の中に形容する言葉があるわけではないけれど、確かにあるんだ。
こんな物言うゾンビとは、まったく違う。
「ひ、ひえええ!?もしかして山賊が入り込んだのかい、旅人さん!?」
「な、なんだって!?山賊!?」
「聖女様にお伝えしないと!」
ざわざわと人が増えてきた。
そのどれもが男、それも若い二十代ほどの男ばかりだ。
ぞろぞろ現れた彼らは、どういうわけか血まみれの剣を持つ私を疑いもしない。
こういう所も作り物くさくて、本当に気に入らない。
全部、叩き斬ってやろうか。
そうすれば、
「すぅ……」
肺の中が赤く染まった、と勘違いしそうなくらいに血の臭い一色で埋め尽くされる。
そんな出来損ないのゾンビが混じった空気でも、夜の冷たさが混じり始めた空気は私の頭を冷やしてくれた。
落ち着こう。
今、この瞬間も鳥肌が立つくらいに、これらが気持ち悪くて仕方ない。
だけど、これらを斬るのは、私の復讐じゃあない。
鳥肌が立つくらい気持ち悪い人達は、どこにだっていたじゃないか。
祖母のお葬式に出るのに駅からタクシーを使ったら、口に出すのが嫌になるくらいの卑猥な言葉を投げ掛けてきたタクシーの運転手がいた。
何のつもりかわからないが、私の手を無理矢理掴んできた知らない人がいた。
女のくせに、と毎日飽きもせずにあちこちに言ってきた上司がいた。
まぁこの上司は、塚田さんと仲間達が辞めさせたんだけど。格好よかった。
ただ気持ち悪いだけで斬る斬らないは、あまり選ぶべきじゃないと思う。
喋れない、仕事も出来ない、何もない私だけど、それでも確かに私は頑張っていた。
耐える事だけだけど、それでも頑張っていたはずだ。
ここで気持ち悪い、という理由で全員斬ってしまえば、私は気持ち悪い物と同じ所に堕ちてしまう。
人もどきを斬ろうと、山賊を斬ろうと何一つ痛まない。
でも、同じ所に堕ちるのだけは、どうしても嫌だ。
「聖女様の所に案内して」
「で、でも旅人さんは」
「はやく」
「わかった」
少し押しただけで動くゾンビは、本当に不出来だ。
背を向けて走り出すゾンビを斬らないでいるのは、私の忍耐が試されているとしか思えない。
だけど、我慢して後を追う。
騒ぎを聞き付けたのか、狭い路地にわらわらと現れるゾンビ達は、みんな似ていた。
顔付きは千差万別で、頭に獣の耳が生えているゾンビもいる。
だが、その表情だけがひどく似ていて、頭がおかしくなりそうだ。
人は、嫌いだ。
会話なんてしたくもない。
だけど、確かにいい人もいる。
話しかけてくるのは本当に嫌だったけど、ダンゴムシのようだった私を嫌わないでいてくれた塚田さんは、嫌いじゃなかった。
私を、その、愛してくれたメリーポピーは、多分好きだった。
答えが出る前に行ってしまった所は、好きじゃないけど。
広い広い世界で、たくさんの人達がいて、そんな中でほとんど誰も好きになれなかった私でも、好きになれた人がいたんだ。
そんな世界に、こんな連中が蠢いている。
こんな連中を、蠢かせている奴がいる。
「ここに聖女様がッ!?」
「帰っていいよ、土に」
それは、とてもとても気持ちの悪い事だ。
『LEVEL UP』
そして、その相手は私の復讐相手だ。
「こんなに素晴らしい事はないじゃないか」
何の気兼ねもいらず!叩き斬れる!
「お邪魔します!」
一度くらいやってみたかった、ダイナミックお邪魔します!
他の建物よりは多少マシかもしれない、という程度の扉を蹴り開けると、
「……あら、お客様かしら?」
そこには女がいた。
広さとしては学校の教室ほどか。
みっしりと並べられた長椅子、正面にある磔にされた男の像はテレビで見たヨーロッパの小さな教会のようだ。
倒れたゾンビから流れる血が、祈りを捧げる女が跪いていた教会の床を汚していく。
「まぁ」
「キミが聖女サマ?」
「ええ、わたくしには不釣り合いな名だとは思いますが、そう呼ばれています。それより……そちらの倒れている方はどうなさったのですか?」
女の言葉を無視し、私はずかずかと前に出た。
海辺の村の老人より弱く、アグネスよりも、恐らくメリーポピーよりも、この女は弱い。
「出来たらでいいんだけど」
すぱん、と女の首が飛んだ。
くるくると回る女の首は、驚いた表情を浮かべ、何とも間抜けな顔をしていた。
「喋らず死んでくれると、私はうれしい」
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