レベル63『聖処女』ルビー・リリィマーレン前


 お台場。

 それは素敵なデートスポット。


「うふふ、楽しいねメリーポピー」


「うん、そうだね」


 うふふ、あははと私とメリーポピーは手と手を取り合って、お台場の街を、


「っ!?」


 補修の跡が残る天井が見えた。

 何故、という疑問すら浮かばない内に、私の身体はスキルに示された通りにごろりと、決して華麗さの欠片もないままに後ろに一回転。


「あら、浅かったかしら?」


 確かに首を落とした手応えがあった。

 皮を斬り、肉を裂き、骨を断った、今日一日でひどく馴染んだ手応えがあったはずだ。

 なのに、目の前の女は平然と立っている。


「お話をしましょう。わたくしたちの間には恐らく何か誤解があるのでしょう」


「……な、んで」


 人もどきのゾンビと斬る相手は、これからいなくなる相手だ。

 だから、何を話してどう思われようとどうでもいいから、普通に話せる。

 しかし、今の私が話せないのは、そんな部分が問題ではなかった。

 うずくまっている状態では剣も振れない。

 震える膝に必死に力をこめ、ゆっくりと、生れたての子馬のような動きで立ち上がるが、追撃はない。

 何かされたのは確かだが、その何かが全然わからなかった。

 もしも……もしも、私がお台場に詳しかったのなら……幸せな夢の中で殺されていてもおかしくなかった。

 私の貧弱なお台場知識のおかげで、意識が飛んだのが一瞬で済んだのだ。

 いや、それとも殺されずに済んだだろうか。

 ちなみに観覧車があるのは知ってる。


「まあ、わたくしたら!お客様が来たのにお茶もお出ししないで!お昼に焼いたクッキーあるんですわよ。少し待っていてくださいね」


 そう言って踵を返した女の背には、長い金髪が踊っていた。

 被っていたはずのベールだけが、どこにもない。

 そんな事を考えながら、私は彼女の背中に向かって飛びかかった。

 斬ったはずの首、何をされたかわからない攻撃。

 そのどちらかがわかればいい。

 そんな気持ちで襲いかかってみれば、


「もうっ」


 私の目は、それを見た。

 柔らかな背中の肉を切り裂き、肋骨を断ち、肺をぐずぐずに潰す手応え。

 即座に引き抜き、下から跳ね上がるように伸びる聖女の左足を斬り捨てる。

 生々しい断面、だが私の心に今さら細波一つ立たない。


『ヒール』


「んぁっ!?」


 しかし、次の光景は鳥肌が立つくらいに戦慄が走る。

 斬ったはずの足が、一瞬にして生えたのだ。

 再生した聖女の長い足は、呆気に取られていた私の腹に深々と突き刺っる。

 肺の中から空気という空気が全て押し出され、それでも無理矢理に動いて再び聖女の左足を斬り落とす。

 が、先程の光景の焼き直しだ。

 血に濡れた下着が見えているが、思春期の男の子だってさすがにご勘弁を、という凄惨な光景。


「もう、いけない人ですね」


「なんで、死なない……!」


「わたくし勇者様のパーティですもの。この程度で死ぬはずがありませんわ」


 女の声は首を落とされ、背中を刺され、足を斬り落とされてもまったく変わらない。

 甘ったるい聖女の声を聞いている間に、落としたはずの足が再び生えていた。

 勇者パーティというより、何かのクリーチャーみたいだな……。


「ねえ、旅人さん。こんな事はやめましょう。傷付け、傷付けられた先に何があるのでしょう。こんな虚しい争いより、美味しいクッキーと美味しいお茶をいただいた方がハッピーですわ」


「う、るさい!」


 ヒール、という声が聞こえた。

 ひどくゲーム的なこの世界だ、回復魔法というやつだろう。

 つまり、私の攻撃でHPが0になっていなかった以上、彼女は死なないという事……だろう、多分。

 自信なんてこれっぽっちもないが、それがわかればひどくシンプルな話だ。


「うーん」


 そう言って不思議そうな表情を浮かべた聖女の首は、すでに落ちていた。

 くる、くる、と半回転したその時には、すでに元の位置へ。


「あなたのような綺麗な旅人さんを見れば」


 手足が飛ぶ。元に戻る。

 服だけは戻らないのか、紺の禁欲的な修道服はボロボロだ。

 アグネスの時とは違い、辺りに斬り落とした手足が転がっている事もない。


「わたくしが」


 その辺りに突破口があるかも、と期待して斬撃の角度を変えて、左手首を飛ばしてみるが、時間でも巻き戻ったかのように治っただけだ。


「覚えていないはず」


 腹を割る。

 解放された腹圧が、中身を吹き出させようと、


「ないと思うのですが」


 一瞬にして傷一つない綺麗な肌に。


「わたくし、何か恨まれるような」


 斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。


「事をしましたっけ?」


 一息の間に五連撃、その全てが聖女の命に届かない。


「メリーポピーだ!」


「どうしてメリーポピーさんがわたくしに……?」


 本当に心からわからない、という声音に、手が止まってしまった。

 本当に、私は彼女を殺す理由はあるのか。

 そんな疑問は、一瞬で晴れた。


「彼は確かにわたくしたちのお友達でした。……でも、勇者様に逆らって死んだのだから、自業自得ではなくて?」


「は?」


 聖女らしい微笑みと共に、言葉がどんどん飛び出す。


「わたくし達、勇者様のパーティもエルフの森の焼き討ちに参加しておりました。彼らは勇者様に逆らって、森を明け渡さなかったそうですね。なら、それは悲しいですが……もう許される事ではありませんよね?」


 一たす一は二だよ?わかる?とそんな子供に話しかけるような声は、どこまでも変わらない。


「メリーポピーさんも敵に回るかも、とはあらかじめ聞いていましたが、勇者様の広い心はそんな裏切り者の彼すら許そうとしました。おっちょこちょいのアグネスがまたやらかしてしまいましたが、それは不幸な出来事でしょう」


「なにを」


「確かに友達が亡くなるのは、とても……とても悲しいです。エルフのあなたは森にご友人も多かったことでしょう。

 しかし……神に選ばれ、世界を救った勇者様の行いですもの。全て正しい行いです。残念でしたね?」


 と、何かに納得するように聖女は手を叩いた。


「あなたがアグネスを倒したエルフさんなのですね!気付くのが遅くなってしまいました!」


「だから、なに」


「ええ、ええ!勇者様からの神託です!勇者様があなたとお話したいそうなのです」


 よかったですね、と頬笑む姿は、本当に私を心の底から祝福してくれているようですらあり、


「だから、このわたくし、『聖処女ピュアラブ』ルビー・リリィマーレンがここであなたを処分します」


 怖い、怖い顔をしていた。

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