レベル63『聖処女』ルビー・リリィマーレン中

 怖い顔をしていた。

 笑顔は変わらない。だが、仮面に描かれた笑顔のように、それは笑顔の形をしているだけだ。

 長いまつげの下の青い瞳は、殺意と私では読み切れない何かが澱んでいる。


「ねえ、エルフさん。わたくしは思うのです」


 彼女はまっすぐ、まるで近所に散歩に出かけるような気軽な足取りで前に出た。

 何をしてくるのか、と予想する能力は今の私にはほとんどない。

 戦闘向けでは決して無かったアグネス相手でも、まともに戦えば負けていた。

 経験が決定的に足りていないんだ。

 だが、彼女の動きはひどくわかりやすい。

 今にして思えばどこか不自然さのあったゾンビよりも、まともな訓練なんてしたことのないチンケな山賊よりも、その動きはひどかった。

 腕を振り上げ、私を殴ろうとしている。

 その速度は、その拳が届くまで三度斬れる自信があって、その通りにした。

 再生するのはわかりきっているのだから、切り口の先にいなければいい、というのもわかっている。


「わたくしはこうして、名乗りました。なのに、あなたは名乗りません」


 なのに、止められない。

 斬られた腕を気にする事なく、聖女はひたすら前に出る。

 脛を打つローキック、ふらふらと頼りないフックを斬り落とし、その細い腕で私を絞め殺そうというのか、抱きついてこようとする彼女の腰から下をまとめて斬り払う。


「エルフさんとわたくしは確かに敵です。ですが、最低限の礼儀は忘れるべきではないでしょう」


 ほんの僅かな間が欲しくて、視界をかく乱しようと首を落とす。

 しかし、これまでにない早さで再生された頭は、しっかりと私を捉えている。


「わたくしの言っている事は間違っていますか、エルフさん。何も答えてもらえないだなんて、わたくしはとても悲しいです」


 ずるり、と頭蓋骨がズレると共に、切り返した刃を肩口へと落とす。


「ねえ、エルフさん。わたくしは間違っていますか?」


 足を落とし、指を落とし、髪を落とし、何をしても彼女の前進が止められなかった。

 ここで下がった所で、どうしようもないのはわかっているし、かと言って踏ん張ったところでそろそろ息がもたない。

 絶え間なく連撃を続けるには、息を吸って吐くという動作が、どうしても私の中に織り込めないのだ。

 無駄に大きな胸が、両腕の動きにひっかかってしまう。


「エルフさん。ねえ、エルフさん」


「うっ、るさい!」


 それをわかりながらも、苛立ちが抑えられなかった。

 気持ち悪いんだ、この女は。

 いくら治せるからといって、まさか痛みがないはずがない。

 なのに、まったく自分の身を省みない精神性は狂ってるとしか言えないじゃないか。

 ああ、もう本当にいやだ!

 いくら一息入れる時間稼ぎとはいえ、こんな女に話しかけるのは!


「私を処分するって……勇者サマの命令なんじゃなかったの」


「あら、ようやくお話してくれる気になりましたの?ええ、その通りです」


 止まった。

 吸って、吐いた。


「勇者サマに逆らうんだ?」


「いいえ、いいえ?確かに勇者様の行いは全て正しくあります。でも、周囲全てが悔い改めるはずなんてないですよね」


 吸って、吐く。

 無呼吸のせいで痙攣しかけている横隔膜を、無理矢理に動かす。

 吸って、


「女って穢らわしい生き物が、悔い改めるはずがないじゃないですか。だってそうでしょう?今のあなただって、わたくしの隙を狙ってるだけですものね」


 吐く、寸前を狙われた。

 その初めての経験は、空気でパンパンになった肺と、その周りの筋肉の緊張という形で示される。


「ぐっ……」


 反射的に動けなかった私の胸に聖女の右手が触れ、


「これみよがしに!こんないやらしい物をぶらさげて!」


「ひっ!?」


 力一杯握り潰され、手首から斬り落としてやっても彼女はわざわざ私の胸に手を残して治しもしない。


「勇者様は完璧です!しかし、あなたのような穢らわしい女どもが、勇者様に汚泥を擦り付けるのを、わたくしは許しません!」


「勇者なんて、知った事か!」


「勇者様の素晴らしさも知らず、厚顔にも生きている!なんてみにくいのかしら!」


 なんなんだ、この女……と、ほんの少しだけ、私の足が後ろに下がる。

 もちろんひたすら斬り続け、彼女の身体を隠しているのは落ちていても誰も拾わないくらいにボロボロになった布切れだけだ。

 なのに、前に出てくる。

 格闘にもなっていない、振り回されるだけの手足も打ち落とさないわけにもいかず、私の胸に食い込んでいる右手を払い落とす暇もない。

 それどころか、安物だろうが鉄で出来ている剣に妙な手応えがある。

 血にまみれた刀身は見えないが、中程にひびの入っているような感触が、


「ねえ、エルフさん」


 怖くはあっても、気を抜いていたつもりはなかった。

 距離は約二歩をキープし、ひたすらに斬り続けていたし、まばたきだってする暇はない。


「わたくし、勇者様に完璧な世界を差し上げたいの」


 なのに、彼女を一歩、距離を縮めた。


「女なんて穢らわしい、わたくしをいじめる嫌な生き物を全て消し去って」


 私の胸を掴む右手に、力が宿る。


「……っ!?」


 斬る。治る。斬る。治る。


「死を超越した男達を捧げ、勇者様が君臨するの」


 爪が食い込み、胸の下を流れる汗とは違う血の滑りが、


「だから、エルフさん」


 気を取られた私の喉に、聖女の左手が食い込んだ。


「あなたは邪魔なのよ、勇者様の完璧で清らかな世界に」


 深い穴の底を覗くような虚無が、彼女を鮮やかに彩っていた。


 彼女の、弱さが見えた。



















・名前 :ルビー・リリィマーレン

・レベル:99

・ジョブ:ハイプリースト

・二つ名:聖処女ピュアラブ


・能力値

 生命力:108

 力  :94

 耐久力:232

 敏捷 :87

 魔力 :305

 知力 :361


・パッシブスキル

 聖句の心得:8246

 節制の処女:5381


・アクティブスキル

 ヒール:10

 ハイヒール:10

 オールヒール:10

 キュア:10

 クリアウォーター:10

 レイズ:EX


・ユニークスキル

 明白たる処女の運命マニフェストデスティニー:EX

 超えるべき試練:8

 淫魔の血脈:1

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