レベル63『聖処女』ルビー・リリィマーレン後

 薄っぺらな笑みも、燃え盛るような怒りすらも、彼女にとっては仮面でしかない。

 真っ逆さまに、どこまでも、どこまでも落ちていくような虚無。

 それが彼女の本質だと、確信すら通り過ぎた理解を得た。

 私達は、必死に探しはしていた。


「嫌な、目」


 自分の中に輝く物がないか、必死に必死に探した。

 きっと何かがあるはずだ。

 だって、そうでしょう?私達は無限の未来があるんだって、学校で習ったし。

 どこまでも、どこまでも掘り続けてここまできたんだ。

 私にとって、それは音楽だった。

 彼女にとって、それは勇者だった。

 触れる事がおそれおおい、私達みたいな穢らわしい生き物が触れてはいけない綺麗な物だ。


「わたくしを、見下してる」


 ぎりぎりと食い込む指先は、胸を千切って、首の肉を引っこぬいてしまいそうな力が入っているのか。

 私の足は地面から離れ、自分の体重が首と胸にのしかかる。

 細腕でそれを成すには、さすがに無理があるのだろう。

 定期的に彼女の腕は断裂し、血が吹き出している。

 自分なんてどうでもいいもんね……わかるよ。

 腕が飛ぼうと、足がなくなろうと、腹が割れようと、ただ痛いだけなら、どうでもいい。

 掘って掘って、掘り続けて。

 真っ暗な穴の底で気付いたんだ。

 何もなかったはずの、通り過ぎてしまった上には綺麗な物があるって。


「あなた、このままじゃ死ぬわよ。知ってる?窒息死って、とても汚ないの。糞尿を垂れ流し、顔に溜まった血でまるでお月様みたいにぷかーっと脹れあがって」


 戻るには、遅すぎた。

 世の中から逃げて、必死になって掘り続けて、戻ろうとしても穴が深すぎて戻れやしない。

 笑えるくらいの間抜け加減。

 それが、私達だ。


「そんなの嫌でしょう?わたくしだって女ですもの。ねえ、命乞いをなさい?」


 キミだって私が命乞いをしない、という事はわかってるだろうに。


「土下座して、みっともなく泣き喚いて、命乞いをなさい。そうすれば命だけは許してあげる」


 そして、土下座した頭を踏み潰しでもするんだろうか?

 あまりにも言う事が幼稚で、馬鹿馬鹿しい。


「……んで」


 視界が真っ黒に染まっていく。

 どんどんぼんやりしていく頭でも、この状況がヤバい、というのは理解出来た。


「なんで笑ってるのよ、あんたは!死ぬのよ、これから!?」


「……笑える」


 私を殺すというのなら、力を緩めなければよかったのに。

 意識的にか、無意識の内か。

 ほんの少し緩められた指の中、声が出せるスペースが生まれた。

 真っ暗な穴の底で、どちらが暗闇にいるか。

 それなら殺されかけている私の方が、真っ暗だ。

 光に近付いてはいけないのだ、私達みたいなものは。

 誰かが優しく諭してくれたとしても、心からの納得は生まれない。

 せいぜい「なんてこの人はいい人なんだろう」と思うくらいで、いい人という光がいなくなれば、また自然と暗闇に戻るだけだ。


「自分でも信じてないくせに」


 深い深い穴の底で、ずっとずっと終わるのを待っていた。

 死は、きっと救いではない。

 先があるかもしれない、というのは私達にとってひどい恐怖だ。

 輪廻転生だなんて、本当に冗談じゃない。

 ある日、突然、何の脈絡もなく、ブラックホールにでも魂ごと飲み込まれてしまえばいいのに。


「何が純愛ピュアラブ


「うるさい」


「何が勇者様のため」


「うるさい!」


「本当は、自分のためでしょう?」


「うるさいって言ってるでしょうが!?」


「勇者様は誰を選んだの?」


「そ、それはあの姫が!?あの毒婦が汚ない手を使ったに決まって……!」


 もし、彼女がもっと弱ければ、私は負けていただろう。

 本当に弱い弱い私達が必死に強いフリにしがみついて、無様を晒すのは当然の話だ。

 生まれてこの方、勝った事のない私達は、とにかく優位に立つのに慣れていない。

 輝く光の中に沈むようなライブでも、エンディングを迎える魔王退治の中でも、穴の底で私達は惨めったらしく這いずり回るしかないんだ。


「可哀相なルビー。プラトニック純愛気取りはつらいよね」


 くすくす、と私は嗤う。

 それは演技でもあり、本心からでもある。

 淫魔の血脈、それはさぞかし穢らわしい物だと思っているんだろう。

 好きな人に抱き締められたい、と考えるのは、きっとどんな清らかな乙女にだってある当然の欲求。

 でも、それは浅ましい肉欲なのかもしれない。

 穢らわしい欲望で、綺麗な物を汚してしまうかもしれない。

 自分で自分を信じる事すら、出来やしない。

 それが、私達には何より難しいんだ。


「ずっとひとりぼっちのルビー。誰も誰もあなたを迎えには来てくれない」


 勇者様に、触れられないと思い込むくらいに。

 この綺麗な綺麗な想いは、本当に綺麗なのかな?

 私達・・の中から出てきた物が、本当に綺麗な物だと信じられる?


「私は愛してもらったよ、メリーポピーに」


「あ」


 どうして、と思うよね、ルビー。

 目を覗き込めば、すぐにわかったよ。

 私とキミが同類なんだって。

 自分が嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで嫌いで、嫌いで仕方ないんだって。

 なのに、


「どうして」


 さあ?それは私にもわからない。

 愛されなかったルビーと、愛されていたかもしれない私。

 その差はどうして?


「キミ達が、その答えを聞く前に」


 するり、と刃が抜けた。

 斬り落としたのは、私にすがりつく右手と左手。

 呆然とするルビーは、ヒールを使う事すら忘れてしまった。


「メリーポピーは死んだよ。キミの答えは、もう手に入らない」


 すとん、と腰が抜けたルビーは、まるで祈りを捧げているかのようだ。

 絶対に届かない物に、必死になって祈るように。


「ねえ……嘘でしょう?」


「本当だよ、ご同類」


 高まったステータスでルビーの腹に足をめり込ませてやれば、面白いほどに宙を舞った。

 備え付けられた長椅子の上に落下させてやれば、長椅子を構成していた木材が弾け飛ぶ。

 おそらくは長椅子の足だろうか。

 空中でくるくると回転する木の棒をキャッチし、動く気がこれっぽっちも感じられないルビーの右腕へと突き刺し、二本、三本、四本と連続して四肢に突き刺していく。

 まるで昆虫の標本のような有り様。


「わたくしは」


 即座に再生するのなら、身体の中になにかを埋め込んでやればいい、と考えたものの結局、答え合わせはない。

 私を、天井すら見ていない彼女の目は、もう死人の目だった。

 綺麗な夢を想う事すら、私達には重すぎた。


「十年……ずっと勇者様が迎えに来てくださるのを」


「さよなら、ルビー」


 彼女は、ヒールを使わなかった。

 答え合わせが出来た彼女の事が、ほんの少しだけ羨ましかった。














・名前 :

・レベル:70

・ジョブ:復讐者

・二つ名『     』


・能力値

 生命力:211

 力  :210

 耐久力:75

 敏捷 :320

 魔力 :115

 知力 :99


・パッシブスキル

 剣術 :2471

 身体制御:823

 痛覚遮断:680

 精霊魔法:15

 演奏(三味線):7


・ユニークスキル

 天蓋絶剣の才:EX

 復讐する葦ヴェンジェイス・イズマイン:12

 学思則罔:10

 識見 :4

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