レベル48『山賊王』アグネス・デルジタ・中
いっそ、穏やかだった。
私を百度殺しても飽きたらないような怒りを見せるアグネスだったが、いきなり飛びかかってくるような事はない。
隙……多分そうだ。
私の隙をうかがっているのか、じりじりと左へ、左へと回り込んでくる。
こうして動きを止めてしまうと、私はどうしていいのかわからない。
斬る事自体は、決めている。
だけど、音楽だったら、定石とでも呼ばれるような構成は理解しているつもりでも、斬った張ったなんて私は斬った張ったの定石がわからない。
じりじりと動くアグネスを、ひたすら正面に捉えるように回るしか思い付かない。
斬れるなら斬ってみせるが、今飛び込むのはどうも上手くなさそうな気がする。
「どうした?かかってこいよ」
「ふん」
かかってきて欲しいって事なのか、それとも裏をかいてそういう時間稼ぎなのか。
援軍が来る可能性は、来ない可能性に比べて当然だけど、圧倒的だ。
つまり、時間が経てば経つほど、私は不利になる。
まだ考える余裕のある内に、気付ける事は気付いておきたい。
周りを取り囲む部下達が手を出さない保証だって、どこにもない。
しっかりと彼らを見る余裕は、牙を剥くライオンのような表情をするアグネスのせいであまりないが、それでも頭の片隅に置いておくべきだろう。
私が持つ短剣は、彼女の鉈に比べると短い。
ホビットが持っていた短剣なのだから、包丁より短くて当たり前か。
切っ先をまっすぐ彼女に向ける、剣道の授業で見た事のある構えをしているものの、この短さではどうにも違和感がある。
切っ先を地面に向け、脇に挟むように、身体は半身にして刃を見せないように構えてみれば、背筋がぞわぞわするような違和感がようやく収まってくれた。
重い鉈と打ち合えば、小さな短剣はさすがに折れてしまう。
なら、時代劇のようなチャンバラはせず、打ち合わずに斬る。
これでいく事に決めた。
正解かどうかはわからないが、スキルの恩恵を受けるという事はこういう所がある。
演奏スキルが一つ上がった日と、一つ違うだけの昨日と比べれば雲泥の差だ。
昨日まで出来なかった指の動きが、びっくりするくらいに簡単に出来る。
それはどれだけ努力した、とかそういう話ではまったくない。
下手に自分でどうこうするより、スキルに従った方がよほど上手くいく。
趣味でしかない三味線とは違い、今だけはきちんとスキルに従うべきだ。
スキルが私に呼吸の一つ一つを指示する。
ゆっくり、浅く、丁寧に。
なら、私がすべき事はゆっくり、浅く、丁寧に呼吸をする事だ。
無駄に入っていた肩の力を抜き、前がかりになっていた重心を僅かに戻す。
腕の置場所を少しズラし、窮屈な、
「ああ、そうか……」
アグネスが、一つ溜め息を吐いた。
「養殖か、てめえ」
「っ!?」
鋭い、地面を這うような踏み込み。
彼女の頭は私の腰の下の高さで、見上げるようにこちらを見ている。
「いきなりレベル上げた奴はなァ!」
この高さでは、まともに斬る方法が浮かばないし、向こうも下から切り上げるしかないはず。
とにかく彼女から目を離さないように横に避けるしか、
「スキルと自分の動きが噛み合わねえんだよ!」
「親切にっ、どうも!」
直感、としか言い様がない。
自分でもどう動いたのか、いつの間にか頭上に短剣を掲げていた。
重い手応え、と思った瞬間には、あっさりとそれが抜けた。
地面に叩き付けられる右の鉈、私の膝から下をあっさりと叩き落とすであろう左の横薙ぎ。
華麗に、なんてどこをどう見ても言えない動きで、私はその二連撃を避ける。
「そいつがわかってたら、馴染ませる前に終わらせてた!」
次に来るのは叩き付けて動きが止まった右ではなく、左の鉈が切り返し、という予想は当然のように間違いだ。
遠心力の乗った鉈を止める事なく、デジルタは両の鉈を平然と手放す。
そのくせ重い鉈の遠心力を身体に残したまま、逆立ち。
長い足が私の首を、ぐるりと掴むーー掴んだ、としか言えないくらいに、しっかりとホールド。
「アニキ直伝フランケンシュタイナーってなァ!」
見えるのはアグネスの股の間だけ、汗の臭いがする。
そんなのんきな事を考えるしかないくらい、私の身体はあっさりと宙に浮いて、
「がへっ!?」
叩きつけられたのは、多分背中か。
肺の中身が全部飛び出したかと思うくらいの衝撃。
柔らかいはずの地面は、クッションになるどころか、私を痛め付ける拷問器具へと変貌していた。
「い、いっ」
痛い、という一言すら口から出せないほどの痛み。
前世も今も合わせて、私の人生の中で一番の痛みだ。
「おい、痛いか?クソエルフ」
「ひっ」
投げ飛ばされた時に手足も吹っ飛んでしまった、としか思えないくらい自分があやふやになっている。
逃げないと、
「でもよ……あいつはもっと痛かっただろうなあ!メリーポピーはさあ!」
ぐしゃり、と音がした。
多分、それは私の鼻からだ。
これが骨の折れる音なんだ、といっそひどく冷静に理解出来た。
靴底。
分厚い、頑丈な靴底が見えた。
遠慮も、法律も、善悪も、そういう躊躇いになるような物を全部捨てて、彼女は私の顔に履いていたブーツを叩き付けてきたらしい。
「てめえが!てめえが!てめえが!」
ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり。
まるで駄々をこねる子供の地団駄だ。
からからと口の中で鳴るのは、折れた歯と歯がぶつかる音だろうか。
鼻から流れ込んでくる血が、喉で溢れる。
死ぬ。
殺される。
「てめえがメリーポピーを殺した!」
息を吸うのも一苦労、痛みすらぼやけていく。
だけれど、ぐしゃり、ぐしゃりと潰れていく中で、ふと気付いた。
ああ、本当に彼女は……いっそ可愛らしい。
彼女は己の怒りを、そのまま吐き出している。
何一つ飾る事なく、何一つ偽らず。
素直な感情が、私の顔を踏みつける一つ一つに現れていた。
純粋で、無垢な、『
「ふっ」
「……なにがおかしい」
鼻の辺りを踵で踏みつけられている私の声は、自分でも笑えてしまいそうなくらいに不細工だ。
「アハハハハハハハ!」
「なにがおかしいって聞いてんだよ!」
ぐしゃり、と聞こえてきたのは、右の耳元だ。
まるでサッカーボールのように、勇者パーティの一人に蹴られた私の身体は三回ほどバウンドして止まる。
「何がおかしいって……おかしくないはずないじゃない」
痛みは、ある。
人性最高の痛みは、今この瞬間も更新中だ。
だけど、おかしくって痛みに悶える暇すらありゃしない。
「キミはわかってるくせに。本当はわかっているくせに」
どんな偶然か、どんな不運か。
有り得ないはずの運命は、そこに転がっている。
「彼を、メリーポピーを殺したのは」
「違う」
「キミでしょう、『山賊王』?」
彼女の弱さが、見えた。
・名前 :アグネス・デルジタ
・レベル:99
・ジョブ:シャドウチェイサー
・二つ名:
・能力値
生命力:128
力 :185
耐久力:162
敏捷 :296
魔力 :31
知力 :29
・パッシブスキル
危機感知:3610
道具使用:1076
罠解除:850
鍵開け:521
短剣戦闘:317
弓戦闘:321
格闘 :268
スティール:52
暗殺 :6
・ユニークスキル
運否天賦:10
盗賊の才:8
カリスマ(ゴロツキ):3
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