レベル48『山賊王』アグネス・デルジタ・後
それは、弱さなんかでは決してないものだ。
善性、それが彼女を構成している物の正体。
友達のために、真剣に怒れる人間が、弱いはずなんて絶対に有り得ない。
裏切られたら、なんて保身でしか考えられない私とは違って、彼女はどこまでも正しい人間だ。
「ねえ、アグネス。アグネス・デルジタ」
でも今この瞬間に限って言えば、それは弱さだった。
「確信は、あるの?絶対に《・・》キミがメリーポピーを殺していないと、何があっても有り得ないのだという確信が」
スキル、運否天賦。
幸運と、否定が入って不運。
その二つを天に任せる、という意味だ。
字面だけで解釈すれば、そうでしかないが、メリーポピーの話の中で印象に残っている部分がある。
彼女は決定的なシーンで足を引っ張り、決定的なシーンで幸運に恵まれるのだ。
「ないよね?確信」
「ち、ちが」
だから、揺れる。
真っ青になった顔色は、自分のスキルを思い出したためだろうか。
私は見た。メリーポピーの胸を貫通する矢を。
自覚する不安定な幸運と不運、私の確信。
それはきっと、彼女にとって致命の一矢だ。
「ちがう」
「キミが、殺した」
まるで走らないゾンビのような足取りで、私は一歩ずつアグネスに近付いていく。
柄だけしか残っていないとはいえ、短剣をまだ持っていてよかった。
剣術スキルが、あちこちボロボロの私の身体を無理矢理に動かしてくれる。
もし、さっきのように襲いかかられたら、今の私は抵抗一つ出来ないに違いない。
だが、彼女は善人だ。善い人だ。
「答えてよ、アグネス。確信は。メリーポピーを殺していないのだと、確信してる?」
そんな彼女がどうしてエルフの森を焼いたのかは、私にはわからない。
ただそれが必要だったのだろう。
百か千か、それとももっとたくさんか。
魔物を殺すようにして、エルフを殺してみせたのだろう。
たくさんの屍で舗装されていても、自分が正しいと思える道を歩むのに、彼女は慣れている。
だって、彼女は世界を救った勇者様ご一行だもの。
「私はさ、キミが言うように養殖だよ。ほんのちょっと前には、短剣一つ握った事のないレベル1の雑魚だったよ」
でも、こういうのは違うよね、アグネス。可愛らしいアグネス。
友達を殺した自分が、その友人に復讐されるだなんて、考えてもいなかったよね。
私はアグネスの襟首を掴んだ。
「そんな私が、弓も持たない私が、素手でしかない私が」
冷静にアグネスを追い込む一方、襟首を掴む手は、ぼろぼろになりながらも力がこもっていく。
私の血か、それともメリーポピーの血か。
真っ赤に染まった赤い手にこめられる力を、冷静な私も止める気になれない。
「男の胸を貫通させられる?それも勇者パーティの一人、あなたのお友達『並ぶ者なき』メリーポピーに」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
わかっていたのか、考えないようにしていたのか、誤魔化そうとしていたのか。
可愛い可愛いアグネスは、ついに泣き出してしまった。
勿論、言い訳をするつもりなら、いくらでも出てくる。
私の言っている事に証拠なんて一つもないのだから。
でも、彼女はそれを選べない。
ーーこの期に及んで。
「ごめん……ごめん、メリーポピー……うちが」
初めて人を殴った感触は、どうという事もない。
がつんと骨まで響く感触と、さっきまで自分の鼻で聞こえてきた音がしたくらいだ。
私の骨が折れたのか、それとも彼女の骨が折れたのかすらわからない。
どうでもよかった。
痛みなんて、この虚しさに比べれば。
「……ねえ、どうしてキミはエルフの森を焼いたの?」
「そ、それは……」
「どうしてメリーポピーを殺さなきゃいけなかったのかって聞いてるの」
「ひっ」
残酷に、彼女の傷口を切開している自覚はある。
ただ、どうして彼が死ななければならなかったのかを、聞かなくてはいけない。
「アニキが……言ったんだ」
「誰」
がつん、ともう一発殴った。
整った鼻から、滝のような血が流れ出す。
「ゆ、勇者です。勇者のアニキが、やるって」
がつん、と殴った。
ーーこの期に及んで。
「なんでかは、よくわかんなくて聞いてません。で、でもアニキが言う事は正しくて、パーティのみんなと一緒に」
「メリーポピーを殺すのも正しかったの?」
「ひっ」
引き付けでも起こしたみたいな声を漏らすアグネスを、また殴ってしまった。
ーーこの期に及んで。
「ねえ、アグネス」
彼女の部下達は、動かない。
躾が出来ているのか、場に飲まれているのか。声一つあげない。
仰向けに倒れこんだアグネスのお腹の上に、ゆっくりと尻を落とした私を見ても。
「キミは、ゴミのように殺す」
ーーこの期に及んで、清らかな物を見せるな。
一発、一発と殴られるたびに、罰せられる事が救いになるようなほっとした表情を浮かべて、心やすらかに死なれてたまるものか。
「次は勇者パーティの誰かを殺す」
「なんでだよぉ……うちだけが悪いんじゃないか」
ぐすぐすと泣くアグネスは、赦されるべきなのだろう。
これまでに打ち立てた功績、善良な心底。
生きるべき人だ。
「全員がメリーポピーを殺す可能性があった。キミがそうしたように。だから、誰も赦されない」
「頼むよ、うちだけが」
何かを話そうとしたアグネスの顔に、また一発。
「さよなら、アグネス。何もかも後悔して死んでくれ」
「アニキだけは」
さくり、と彼女の胸の中心に、短剣を刺し込む。
スキルが手首を捻れ、と命じる。
それだけで、
「復讐は成した」
なのに、達成感も、開放感もない。
ただひどく重い物だけが、空っぽだった私の中に居座っている。
斬って捨てても、何もありはしなかった。
私の欲しい物は、もうどこにもないのだから。
この重い物だけが、私の握るべき物だ。
・名前 :
・レベル:61
・ジョブ:復讐者
・二つ名『 』
・能力値
生命力:198
力 :186
耐久力:72
敏捷 :281
魔力 :111
知力 :103
・パッシブスキル
剣術 :1375
痛覚遮断:589
身体制御:351
精霊魔法:12
演奏(三味線):7
・ユニークスキル
天蓋絶剣の才:EX
学思則罔:8
識見 :3
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