レベル70『静寂たる』サンデー5

「ふぅぇぇい……」


 サービスシーンである。

 お風呂、しゅごい。

 数百年ぶりに入った湯舟は、固く閉ざした私の心すら溶かしてしまいそうなくらい気持ちがいい……私のシャングリラはここにあったんだ。

 ユニットバスのような簡素なサイズの湯舟だが、シャワーもついている。

 しかも、何気にシャワー穴のサイズが、美容院とかにある節水タイプのやつだ。

 じょばぁ、と力強くお湯の出るタイプで好き。


「あの、師匠……?大丈夫ですか?」


「だいじょーぶ、だいじょーぶ」


 一緒に入っているフリンちゃんだが、まだ少し幼さの感じる身体付きである。

 胸のサイズこそそれなりだが、毛も生えていない。

 そんな彼女を抱きかかえながら入る風呂は、とてもいいものである。

 考えてみれば五百年以上、風呂に入ってなかったもんな……。

 他のエルフは水浴びはしていたようだが、風呂はなかった……私の見ていた範囲ではなかった。

 そして、私は一度も立ち上がる事すらない。

 よく覚えていないが、最初の百年くらいは普通に臭かったと思う。

 それがいつの間にか、他では雨が降っていないのに私の上だけに雨が降ったり、温かい風が吹いてきて乾かしてくれたりと、精霊さんに面倒を見てもらっていた。

 よく考えなくてもひどいな、私は。

 あとで一曲弾こう。


「わあ……」


 などと考えていたら、お風呂のお湯が浮かび上がって人形を取って嬉しげに踊り出す。

 それは幻想的な光景で、


「寒い!」


 お湯が減ったら寒いでしょ!やめてよね!

 私が入るまではぐずってるけど、お風呂に入ったら長いんだからね!


「……わあ」


 どこかしょんぼりした感触を残しながら、お湯の量が元に戻る。

 お風呂は魂の洗濯。それを邪魔するのなら、例え精霊さんでも許さない。


「あ、あの師匠」


「師匠じゃないけど何」


 何故かおそるおそる話しかけてくるフリンちゃんに、私はぶっきらぼうに言葉を返した。

 人と話すのは苦手だが、気持ちいいで占められているせいか、ぶっきらぼうと思われてもどうでもよくなっている。


「師匠って旅をしてるんですよね」


「うん」


「旅って楽しいですか?」


「別に」


 楽しい楽しくないで聞かれれば、そんなに楽しくない。

 というより、エルフの森から海辺の村に行った時は逃げていただけで、森の町にたどり着いた時もただの移動だ。

 楽しむ余地がなかったとも言える。


「そうなんですか。パパは、いつも旅は楽しかったって言ってたんです。私もいつか旅をしたいと思ってたんです」


「山賊とか出るし、大変だよ」


 大変か?

 間違いなく私の基準はおかしいだろう。

 歩き続けるだけなら、ひたすら歩き続けられる。

 食事だっていらない。

 その上、寝る必要だってまったくないし、山賊が来たからといって苦労もないし。

 小銭が向こうからやってきた、くらいの気分だ。


「あ、あの……師匠!」


「大きな声を出さないで」


「どうしたら師匠みたいに綺麗で、三味線も上手で、おっぱいも大きくなれるんですか」


 たまに私の言葉が完全に虚空に消えるのはともかく、憧れの視線が痛い。

 いやだって、私だよ。

 明らかに憧れの無駄遣いだって。


「あー……おっぱいは勝手に大きくなった」


「ふむふむ」


 下からがばっと揉まれているが、まぁ広い心で許そう。


「私が綺麗……多分、気のせい」


「そんな事はないです!」


 揉みが強くなった。


「三味線……まぁずっとやれば上手く……」


 本当にそうなのだろうか。

 五百年弾き続けて上がったスキルより、ここ何日かで跳ね上がった分の方がよほど大きい。


「スキルは、あるの?」


「はい!万能の才があります!出来ない事はあんまりないです!」


 何かすごそう。

 音楽関係がない私からすると、滅茶苦茶うらやましいな。


「……だから、なんというか、その……私は何になればいいのかわかんなくて」


「ふーん」


「みんなはもうとっくに才能がある進路に決めて頑張ってるのに、私はどうしたらいいかわかんないんです。パパもママも焦らなくてもいいよって言ってくれてるんですけど……」


「へー」


 せーしゅんですなー。

 青い春と書いて青春ですよ、かぁーっ!

 まぁ悩むのもいいよね、うん。

 それが青春っていうかさ。

 でも、私に着いてくる、なんてさっさと諦めてもらうため、少し冷たくしよう。

 こんな可愛い子が私に着いてくるとか、考えるまでもなく間違ってるでしょ。


「だから、その」


「私は決めたの」


「えっと……」


「キミは決めてない。やめておいた方がいい」


 そろそろ頭がゆだってきているのか、何を言いたいのかよくわからない。

 まぁ、うん、そうね?


「…………」


「諦めて」


 さて、そろそろあがろうか、と腰を上げた時だった。


「わかりました、師匠!今、決めろってことですね!決めました!」


「いたぁ!?」


 力一杯ぐわっと掴まれたぞ、今度は!?

 なんで胸を掴むの!?


「パパとママに話して、絶対に説得してきます!それなら弟子にしてくれるんですよね!がんばりますから待っててください!」


「え、そんな事言ってない……」


「よーし、やるぞー!」


 台風一過。

 あっという間にお風呂を飛び出していった彼女は、勢いを止める事のないまま出ていってしまった。


「パパ!ママ!話があるの!」


「あらあら」


「うわあ!?フリン、服を着なさい!?」


 居間の方から聞こえる、どったんばったん大騒ぎ。

 え、これは私が悪いの?

 どうなの、精霊さん。

 返ってきたのは、知らんがな、とでも言いたげな感触。

 なるほどね。


「精霊さんがそう言うなら」


 湯舟に腰を戻した私に、どこか呆れるような感触が投げ付けられた。

 いやだって、知らんし。

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