レベル70『静寂たる』サンデー6
それから半月。
……そう、半月だ。
まさか半月も逃げられないとは思わなかった。
フリンは、それだけの情熱を燃やしている。
逃げ出した私を町の外まで追いかけ、ママさんにきちんとした話をするまで私を置いておく事を認めさせた。
なにせ私に追い付けず、女の子一人で迷子になった日には本当にヤバい。
確かに面倒くさいが、フリンに無惨に死んで欲しい、などとは私も思っていないのだ。
私の逃亡すらも防がれている。
パパさんは、と言えばフリンの父らしく可愛い娘を旅に出したい、とはまったく思っておらず、頑固に抵抗を続けていた。
ママさん賛成寄り中立で、どうなる事やらだ。
しかし、半月も他人の家でニートはしていられない。
さすがの私も恥はある、というより他人の財布を頼るとか精神的にクるし。
「よう、お嬢ちゃん。今日もよかったぜ」
「何かあの暗い曲頼むわ」
もっとマシな言い方はないのか、と思いつつも私が一言も喋らないのだから仕方ない。
酒場の片隅で、私は三味線を弾いていた。
両開きのウエスタンドア、タバコの煙り漂う寂れた内装、中にたむろするのは名もなきアウトロー達。
剣や鎧の異世界ウエスタンバー「小鳥の止まり木亭」である。
家にいるとひたすらフリンに付きまとわれる私は、非常にストレスを溜め込んでいた。
思い切り一人で三味線を弾きたい、という欲求に従い、夜の路地裏でじゃんじゃかやっていた時、町で初めて会った……なんか映画っぽい二人に再会したのだ。
名前なんだっけな……。まぁいいや。
そんな感じで小鳥の止まり木亭に連れ込まれた私は、好き勝手にべんべけやれる。暇な客はお捻りを投げられる、というわけである。
私の前に置かれた木のジョッキには銅貨銅貨銅貨。みっしりと銅貨しか入ってない。
焼き締めたパン一つで銅貨二枚だから、まぁぼちぼち儲かってはいるのだろうが、色合いが地味だな、と思うから銀色が混ざって欲しいと思います。
一曲が終わると、まばらな拍手がぱらぱらと落ちる。
自分の演奏でお金を稼げて、こうして多少なりとも喜んでもらえるのは、とても凄いと思うし、嬉しかったりもする。
だけど、私が演奏する前は用心棒の二人しかおらず、客は本気で一人もいなかった小鳥の止まり木亭以外ならもっといけたな、と思ってしまうのは仕方ないんじゃないかな!
みんなエールや酒しか頼んでないし、誰もおつまみすら頼んでいない。
どれだけ不味いんだろう。
「ちょうどいいタイミングかな」
一曲丸々聞いていたくせに、澄ました顔でパパさんがやってくる。
他人がやったらキザったらしい真似も、イケメンがやるとイケメンにしかならないのだから、本当にずるいと思う。
仕事終わりにこうして迎えに来てくれるパパさんは、一度も嫌な顔一つしない。
なんてイケメン。
そして、お迎えにきたパパさんの顔を見た途端、小鳥の止まり木亭から客の姿が一瞬で消える。
パパさんが嫌われているとかではなく、聞いた話では単純に小鳥の止まり木亭で食事をしたくないらしい。
それなりに結構な時間、演奏していたし、頭から聞いていた人はお腹ぺこぺこだろう。
「さあ、行こうか」
そう言って、酒場の片隅に座り込んでいた私に、パパさんは手を差し伸べてくれる。
イケメンで中身までイケメンだけどきゅんと来ないのが不思議……でもないか。
私とパパさんが恋をしてどうこうするより、暖かな家庭で幸せに暮らしてください、という気分しかない。
店主さんに頭だけ下げて外に出ると、空はすっかりと暗くなっていた。
町行く人はそろそろお酒が入り、いい気分でふらついている人が多い。
鎧兜に腰から武器を下げるオークや、怪しげな魔法使い風の格好に、弓矢を持ったエルフやら、ジャパニーズファンタジーの冒険者っぽい人々だ。
下手に酔った所で、完全武装の人達を狙う泥棒も少ないのではないだろうか。
いや、知らないけど。
空を見上げれば、月に僅かな雲がかかっている。
こういうのを何て言うんだったかな、とぼんやりと考えていると、パパさんが口を開いた。
「なあ、エルフさん」
初めは色々と話しかけてきたパパさんだったが、最近では私が話すのが嫌いだとわかってくれたらしく、こうして話しかけてくるのは珍しい。
フリンの事に関わらない事なら、春風が吹きそうなくらいに爽やかなパパさんが、どこか躊躇いがちに話すのも、とても珍しかった。
「エルフさんは、フリンを連れて行きたいと思うのかな?」
「いえ」
まったく思わないです。
可愛い女の子だとは思うけれど、私がしているのは復讐の旅だ。
他人を巻き込もうとは、まったく思わない。
「……なら、エルフさんからも言ってくれないか。僕はあの子を愛してるんだ」
何度も言ってるつもりなんだけど。
「こういう事を言うのは、あなたをバカにしていると感じるかもしれない。だけど、フリンを説得してくれるなら、多少の路銀は都合させてもらいたい」
「あの」
「あなたはフリンによくしてくれている。その気持ちはお金に変えられる物ではないと思う。だけど、僕が出せる誠意は他にないんだ」
人の話を聞かない所は、本当に親子だな!
「路銀より、聞きたい事がある」
「なんだい?僕に出来る事なら何でもしよう。これ以上、フリンに嫌われるのは本当に辛いんだ!」
思わず笑ってしまった。
あまりに情けない事を堂々と言う姿は、ママさんの言う格好いいヒーローではない。
娘の機嫌一つで一喜一憂する、情けない父親の姿でしかなかった。
それは、格好いいイケメンよりも、とても好ましい姿だ。
「この町に、勇者パーティの、一人がいると聞いた。誰?」
不義理には、なるだろう。
家で世話した怪しげなエルフが、恐らく町でも有名だろう勇者パーティの一人を殺害して逃亡。
間違いなく大事になるし、パパさん達が取り調べもされるはず。
だけど、これ以上、私があの暖かい家庭を乱すべきじゃない。
斬って、出ていこう。
それを、さっさと決めるべきだった。
「そんな事かい?僕が勇者パーティの一人、『静寂なる』サンデーだ」
情なんて、一つも湧かない内に、さっさと出ていくべきだったんだ。
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