レベル70『静寂たる』サンデー4

 それは、よくある事と言えばよくある事だ。

 ちっぽけな村が山賊に襲われ、若い男に女子供が戦利品として連れ去られる。

 山賊どころか、騎士が小銭稼ぎに略奪をする事だって珍しくない。

 しかし、そんなありふれた悲劇が自分の身に降りかかってくる、なんて幼い少女は想像もしていなかったのだ。

 空が落ちてくる、なんて誰が真剣に考えるというのか。

 それよりも今日の夕食に肉が出ればいいな、なんて少女はのんきな事を考えていた。

 ぴくりとも動かない両親の前で、焼け落ちる家の中、山賊達に囲まれながら。

 大きな大きな、大人から見れば粗末なボロ屋が、燃えて無くなるだなんて少女は考えた事もなかった。

 いつかきっと、白馬に乗った王子様が自分を見初めてくれる、とベッドの中で想像して身悶えるくらいが、少女の限界だ。

 これがあと数年もすれば、そんな諦めも飲み込めたかもしれない。

 そんな年頃だった。


「そこまでだ」


 その男はやってきた。

 首の後ろでくくった長い髪に火がつき、肩口に深々と矢を刺しながら、白い物が見えそうな深い傷を負って。

 端正な顔には煤汚れと誰の物ともわからない血糊を乗せ、隠しきれない疲労を浮かばせながら。

 だが、それでも、たった一人でやってきた。

 その瞬間、


「私は思ったの。この人を絶対に逃がしちゃいけないって。この人が私の王子様なんだって」


「ママー何回も聞いたよ、それー」


「だってパパ格好よかったんだもの。今でも夢に見るわ」


「はいはい、ごちそうさまー」


 ママさんの独演会はどのくらい続いたのだろう。

 "とてもとても"話好きのママさんで、ひたすら黙って聞いているしかなかった。

 少なくとも湯気が出ていたお茶が、余裕でさめるくらいには話していた。

 それ以上は熱のこもった喋りに夢中になっていたから、よくわからない。

 一応、これでも乙女の身である。

 そういうのにも憧れなくもないかなっていうね。

 メリーポピーみたいに根気強くないと、私のような天岩戸をセメントで塗り込んで出てこないような奴は無理かもしれないが、それはそうとして劇的な出会いというのも憧れる。

 女の子は甘い物で出来て……私の好きな食べ物は新鮮な鯵で作ったなめろうだな。


「そういうわけでフリン……あなたも幸せになりたいなら運命の人を見付なさい」


 ハードル高くないかな、それ。

 そんなにぽんぽん焼かれて助けられるとか……私だ。

 この場にいるのは三人、その内二人が家をーー私の場合はなんかでかい木の下だったけど ーー焼かれている。

 民主主義的に、家を焼かれてる党が第一党だ。


「大丈夫だよ、ママ!」


 マイノリティとは一体……と想いを馳せていた私の耳に、娘さんの元気な声が響く。


「私、エルフさんに運命感じたから!」


「ブホォ!?」


「ね、エルフさん!」


 感じてないよ、私は!?


「あらあら、仕方ないわねえ……」


「仕方なくないよ!?」


「多分、押し切れると思うの私」


「押し切れないよ!?」


 なんだ、この会話のデッドボール!?

 会話のサッカーのゴールと私に呼ばれた私にはレベルが高過ぎる。


「でも、フリン。同性愛は子供が出来ないわ」


「大丈夫、恋愛感情はないよ!弟子になりたいだけ!」


 そういう問題なのだろうか。


「あ、あの……私は旅して……危ないから」


「がんばりますから!」


「教えた事、とかないし……」


「じゃあ、私が一番弟子!エルフのお姉ちゃん……じゃなかった!師匠の楽器始めて聞いたけど……こう、なんだか……すごかった!上手く言えないけど、すごかった!」


「う、うん」


「だから、私も師匠みたいになりたいの!お願いします!」


 そう言って頭を下げるフリンちゃんに、私はどうしていいのかわからない。

 ママさんの方を見ても、よくわからない表情を浮かべているだけだ。

 賛成しているようには見えないけれど、頭から反対しているようにも見えない。

 私の対人経験の薄さのせいで読めないのか、もっと別な何かがあるのかすらわからない。

 出来たらママさんからビシッと言って欲しいんだけど。


「弟子とか、無理……」


「お願いします、師匠!なんでもしますから!」


 今、なんでもするって……いや、ダメだ。

 焚き火を囲んで歌を歌うとかやってみたいけど、そんな理由で年頃の女の子を連れ出すとかやっていいはずがない。


「無、理」


「そこをなんとかぁ!」


「あ」


「お願いします、師匠!」


「 」


「弟子にしてください!」


 ついに喋らせてもらえなくなってしまった。

 誰か助けて!なんでもしますから!


「ただいまー……ってみんなどうしたの?」


 ヒーローは、やはりイケメンだった。

 明らかに困っているダメなエルフ、曖昧な表情のママさん、


「チッ、あと少しだったのに」


「フリンが反抗期!?」


 そして、パパさんに舌打ちする娘。

 いくらなんでもひどいんじゃないかな。


「え、えっと……今日はフリンの好きなプリンを買ってきたんだぞう。一緒に食べないかー?エルフさんも一緒にどうかなぁー?」


 やだ、必死に娘の機嫌を取るパパさん可哀相……。


「チッ……食べるけど」


「あのね、パパ。あんまりフリンを甘やかさないでって言ったよね。この前もバカみたいにお菓子買ってきて、おこづかい全部使ったよね。減らした方がいい?」


「それだけはご勘弁を!」


 必死になって頭を下げるパパさんの頭には、まるーいハゲがあった。

 それはどこからどう見ても、颯爽としたヒーローではなくて。


「……はあ、仕方ないわねえ。ご飯にしましょう。エルフさんも食べていってくれるわよね?」


 どこにでもある、普通の家族の姿だった。


「……はい」


 とても、暖かい普通の家族だった。

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