レベル1『並ぶ者なき』メリーポピー・後
あ、こりゃダメだ、とメリーポピーははっきりとわかった。
修羅場の百や二百は潜ってきた身だ。
どこをどうすれば人が死ぬか、なんてのはとっくにわかっている。
胸のど真ん中を貫通した矢が、でかい血管を傷付けていた。
「聞いてんのかい、メリーポピー。あんた、このままじゃ死んじまうぜ?助けて欲しけりゃ、これまでの事をうちに謝りな。特に乙女に髭野郎とか言った事をな!」
「何言ってやがる、この髭野郎!山賊のくせに髭もねえ、アマっ子が!それになんだい、乙女って年かどうかよーく考えな!」
「んだとてめえコラァ!?うちは昔のうちじゃねえんだぞ!昔はフカシだったけど今は本当に百人の部下いるんだかんな!そいつらであんたを囲んでんだ!さっさと出てきて観念しろってんだ!」
ちょっとした挑発一つで、あのまぬけの髭野郎がひっかかるのはわかっていた。
炎の外からはぎゃあぎゃあとやかましい女の声が響き続ける。
そのどれもが「さっさと出てきて謝れ」という内容で、メリーポピーは今度こそあの間抜けに愛想が尽きた。
「脅しの盲撃ち当てんなよ……」
それも、ど真ん中にドン、と当ててきたのだから、もう笑うしかない。
髭野郎、『
黙っていれば凄腕の盗賊で、罠という罠は彼女の手にかかれば卵の殻を割るがごとし。
彼女がいなければ、勇者一行が全滅してもおかしくない旅だった。
が、そのくせ肝心な所でへまをする。勇者の盾が封じられたダンジョンでは、罠を解除している最中にくしゃみを一つ。
全員がバラバラにワープさせられ、全滅の危機に陥った。
勇者に惚れていたのか憧れていたのか、彼を兄貴と呼び慕う姿は生まれたてのひよこを見ているようでーー
(ヤバい。情が湧く)
メリーポピーは、それ以上の感傷を打ち切った。
「エルフさん」
「へ?」
「ここから西……西ってわかりますか?今、エルフさんから見て、左手の方角です」
「え、うん?」
「そっちにまっすぐ走れば、何とかなるはずです」
メリーポピーは、そういう事が得意だった。
アグネスの山賊としての嗅覚と、メリーポピーのケチな盗っ人としての嗅覚は反応する部分がまったく違う。
逃げ道を探しておくのは、メリーポピーの仕事だった。
どれだけの人数が囲んでいるのか。千や二千では利かず、一万か二万か。そんな大軍がエルフの森を囲んでいる。
しかし、最も燃え盛る部分を掠めるように抜けていけば、まだ間に合うはずだ。
そして、メリーポピーのケチな盗っ人でしかない嗅覚は、とびっきりのヤバい代物を、これからヤバくなる代物を嗅ぎ付けていた。
隠す気のない読み放題のエルフのステータスというブタ手に、メリーポピーというジョーカーを加えれば、ロイヤルストレートフラッシュに生まれ変わる。
「はい、これ持って」
「う、うん」
どこまでも素直だった。
ちょっとドレスでも脱いでくださいよウヘヘヘ、とでも言っても脱いでくれるのではないか、と一瞬、煩悩に襲われたものの、それが出来るくらいならもっとさっさと普通に話しかけられてたメリーポピーである。
勇者一行に参加し、大層な二つ名を手に入れてきたのも、所詮はへたれた自分の踏ん切りだという自覚があった。
魔王退治は怖くはないが、これからやる事は少しばかり怖い。
持っていた短剣を、エルフに握らせた。
刃先はまっすぐにメリーポピーの方へ、エルフの視線もメリーポピーへ。
怖かった。
「ちょいとごめんなすって」
さくり、とエルフの手からメリーポピーに埋まった刃が怖いわけではない。
白刃の下を潜り抜け、飛び交う矢雷を逃げ切ったメリーポピーが、ちんけなナイフ一本に今さら怯える理由はない。
ただこの真っ白なエルフの肌を、メリーポピーの血で汚すのが怖かった。
抱き締めるようにして飛び込んで、気持ち悪いと思われたらどうしよう、とメリーポピーは真剣に考えていた。
「え?え?え?」
「存在の力、という物があります。勇者様は経験値、と言ってましたがね」
世界は全て、初めから決まっている。
才能の有無はステータスでわかり、無駄な努力をする必要がない。
逆に言えば、前提となる
剣術の才能がなくても、十年も剣を振り続ければスキルレベルが1にはなるだろう。
しかし、才能があるなら三日もあれば2は固い。
料理人になりたいから料理人になる者はおらず、料理人になれる者が料理人になるのだ。
なのに、このとびっきりにべっぴんな、とびっきりに頑固なエルフときたら!
何年、何十年、何百年かけたのか。演奏以外の全ての楽しみを捨てたような生。
メリーポピーの目の前で、演奏スキルが7に上がった瞬間は思わず泣いてしまいそうになった。
1で駆け出し、5もあれば町一番を名乗れるくらいか。
7では国一番を名乗るには、まだまだ厳しい。
それでも、ここまで来た。
確かにエルフには寿命は存在しておらず、可能性の上では出来る話だろう。
だが、どんなエルフだって出来ない事はやらない。
何故なら出来ないと、最初からわかっているのだ。
ちょっと賢くなったつもりで考えてみれば、どんなバカにでもわかるだろう。
使えもしない魔法にこだわるよりも、美味い料理が作れて、それで稼げた方が絶対に得だ。
なのに、このメリーポピーでもすっぽり抱き締められる小さなエルフは、誰もがやらない事をやってみせた!
勇者が強いのは当たり前だ。何故なら勇者なのだから。
しかし、出来もしないはずの事を、この一人の少女は成し遂げた。
それは勇者一行の尻にひっかかっていた『並ぶ者なき』メリーポピーなんてちんけな奴では、ちっとも並べない途方もない偉業だった。
あの難行を乗り越えた勇者と、その仲間達は一人残らず尊敬している。
「レベルが上がれば、ステータスが上がります」
「う、うん」
「これでも、おいらはレベル99で、結構強いんすよ、実は」
だが、結局の所、メリーポピーがどうしようもなく惹かれたのは、このひたむきでひたすらに頑固なエルフだ。
メリーポピーは心から彼女を愛してはいた。
しかし、妄想の中では何度も何度も……数え切れないほどに抱き締めた事があるが、実際にこうして抱き締めてみると、悦びよりもおそれおおいという感想が沸き上がってくる。
この感情はなんなんだ、と自問するは答えがなく、それでも仲間を裏切る事に躊躇いはなかった。
「おいらから……存在の力を吸ってレベルが上がったら……炎から飛び出して。そして、あの騒いでる女を斬ってください」
ステータス任せで雑兵から逃げるのは何とかなるだろう。
しかし、勇者パーティ『盗賊王』から逃げる無理だ。
「え?……やだ。キミも来て?……お願い」
死ぬ寸前のメリーポピーは、死にかけた。
いっそ死んでもいい、という満足に包まれたのだ。
「無、理です。あなた独りで」
だが、まだ死ねない。
メリーポピーは、彼女を立たせなければならなかった。
脅せばいいのか、宥めすかせばいいのか。
流れる血は止まる気配もなく、すっかりと血の引いた頭で、メリーポピーは考えた。
「あなたは」
血が喉から逆流する。
吐き出してしまいたいが、その力すら残っていない。
「おいらに、あなたをくれるっていったじゃないか」
腕の中で、びくりと身を跳ねさせた小さな身体に、とてつもない罪悪感が沸き上がる。
いや、なんかもうこの方向は無理だ。
じゃあ、どうしようか。
いっそこのまま共に燃え尽きてしまえば、
「ははは」
と、それが出来るならメリーポピーは魔王退治なんぞ行ってはいない。
ケチな暮しで、それなりに満足。出来れば酒の一杯でもありゃ、それでよし。
だが、小さなホビットの分際で、胸に抱いた野望は果て知らず。
世界の危機もやすいやすい。悪戦苦闘なんのその。
欲しかったのは一人の少女。
とびっきりの美人で、世界一頑固な女。
「おいらのぜんぶ、あなたにあげます」
「い、いらない……!」
だから、
「だから、いきてください」
「キミも一緒に行こう!ね、そうしよう!?これからずっと一緒に生きて、一緒に楽しい事をしよう!」
全てを捧げるのに、悔いはなく。
……いや、それはどうだろう。
笑顔がもっと見たかった。あの町の美味い飯屋に連れていけば、どんな顔をしてくれただろうか。
もうメリーポピーは考えるのをやめた。
これからしたい事が、頭の中でぐるぐる回るだけだ。
「おねがいします」
「ねえ!?ねえってば!?」
綺麗なおべべだって着てもらいたい。魔王討伐でもらった山のような金貨だって、まだまだたっぷりと余ってる。
酒だっていいな。赤く染まった頬、触れ合う指先。なあ、今日は部屋取ってるんだ。
あんまりにもチープな妄想の上、有閑マダムのお相手したりなんだりと、百戦錬磨だったはずのメリーポピーがそれ以上、どうしても想像出来ない。
自分でも笑えてしまうほどの、情けなさだ。
もっとたくさんしたい事は、あった。
「いきてよ、エルフさん」
それでも、何故かすっきりと笑えた。
・名前 :
・レベル:48
・ジョブ:
・二つ名『 』
・能力値
生命力:126
力 :82
耐久力:62
敏捷 :96
魔力 :136
知力 :91
・パッシブスキル
剣術 :832
精霊魔法:12
演奏(三味線):7
・ユニークスキル
天蓋絶剣の才:EX
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