第19話「御神体だそうですよ神様!」
留守番を寝ているミカと海に任せ、こっそりと宿を抜け出した一行は町の中心部にある祭壇にやってきていた。
そこでは町の守り神となった御神体が祀られているらしい。ゆうの噂話探知能力は酷使したことにより情報収集能力として一段階昇華されていた。
「神様、これって」
「うん」
広場の中心にあった屋根と柱しかない大きな建造物は開放的で、誰でも中へ入ることが出来た。灯りも落とされているこの時間、周囲に人影もなく、宗たちはその中心部へと進む。
中心部には小屋のうち前面壁一枚を取り払ったような、御堂と呼ばれるものが建っており、その中にすっぽりと納まるように一抱えほどの人形が置いてあった。
人形は赤を基調に鳥をあしらった紋様の民族衣装に身を包んでいて、おかっぱの黒髪を携えた綺麗で愛らしい造形をしている。
ゆうはその顔を見て一瞬逃げそうになってしまった。目の前にあるのはあの人形、廃墟にあったものと瓜二つだったのだ。
「ちょっと二人で納得してないで」
「ああ、ごめん。“反転”と同じような力を感じるんだ」
「え、それって」
「ううん大丈夫。とても温かい。害意のない感じ」
「でも見た目があそこで見た人形と一緒ですよ!」
ゆうが宗の後ろに隠れながらそう言うと、人形がゆっくりと首を動かした。廃墟で見た動きとは違い首を傾げる仕草ではあったが、それでもゆうはビクッと身体を振るわせて宗の背中で縮こまる。
「……あての声が聴こえる人、あっちのあてを知ってるんだね!? 旅の人、どうかあてを助けてはくれないか!」
人形は大きな声で喋り始めた。宗は声が漏れないよう人払いの結界を張り、アオは万が一を考えて結界の基底となる宝石を握りしめる。
「こんなこと、他に頼める人も居なくて。あ、でも結構危険なことかも。もしかしたら命を失うかもしれないし。でもでも必要なことだし。あての声を聴いてくれる人なんてもう長いこと居なかったし。ああ、でもこんなこと見ず知らずの人になんて……。あ、うん。一方的にあてだけ語っちゃって、ごめん。ちょっと、反省してくる」
人形は一気に語るとそのままくるりと反転し、宗たちに背中を向けて壁に手をつき反省を始めてしまった。
一同は一連の言動から呆気にとられてしまったが、今の言動から察するに廃墟にあった人形と目の前の人形は無関係ではないようである。
「あ、あの。お人形さん、とりあえずお名前を教えてくれませんか?」
ゆうが屈んで優しく語り掛けると、人形は振り返りトコトコと身体を揺らしながら前へと出て来た。そのままペコリとお辞儀をする仕草はとても可愛らしい。
「あてに名前はないんだ旅の人」
「あ、じゃぁ」
「神様は黙っていてください!」
「わぁ!」
ゆうの突然の大声に驚いたのか、人形はコテンと尻もちをついてしまった。ゆうがそれを見て慌てて手を差し伸べるが人形はそれを手で制して動く。
よいしょよいしょと前にずりずりやってきて、そのままお堂の端に足を投げ出したかと思うと、足をぷらぷらと揺らし始めた。まるで縁側に座った小さな子供のような仕草である。
「こんなに動けるのは久しぶりだー。もしかして旅の人は高名な方なのか?」
「あ、いえそういうわけではないんですけど。ええっと、こちらの少年が何を隠そう神様なんです」
「神様……!? こ、これはとんだご無礼をば」
へへーといきなり土下座をし始めた人形に、ゆうも宗もなんだかなーと困り顔となってしまう。ゆうはひとまず話が進まないので人形を宥め、先ほどの話を聞くことにした。
「それで、あっちの人形とはどういった関係なんですか?」
「あてらは元々一つだったんだ。ただ、その力をうまく使いこなせんで。あての感情が昂るとすぐ暴走しててな。ある時高名な人形師が、あての力と自我を二つに分けてくれたんよ。そこからは、あてらも安定してたんだけど」
「離れ離れに?」
「んだ。当時の主が言いつけを守らず、商人にあてを売り払った。あ、どもども」
一行は車座となり、少し冷たいが床に座り込んで話し合いを行っていた。アオは再びお茶を取り出して、ゆうが手伝いながらそれぞれに振る舞っている。だいぶ回復したとはいえ、それでもアオは少し眠そうだ。
「それであんな事態に」
「あてと居た商人以外は、みんな」
「だからこんな扱いに?」
「んだ。旅の人、あっちのあてを見たんだな?」
「はい」
「あっちのあては、まだ暴走してるのか?」
「そう、ですね。私が近付いただけで、周囲を何百もの骸骨が」
「そかそか。こんなこと、頼めない立場なのはわかる。でも、どうか。あてと一緒に、向こうのあてを止めてくれないか?」
「うん。いいよ」
宗は言うなり、人形を持ち上げて背負い始めた。その行動に、ゆうはすかさず立ち上がり、宗の両肩を掴んで強引に座らせる。
「ダメです神様! アオさんも止めてください!」
「え、どうしたのゆう」
「何事かしら」
事をわかっていないアオと宗は揃ったように首を傾げている。ゆうはその二人を見て首を盛大に振っていた。
「神様そうやってまた無断で連れて行く気でしょう!? 海さんの時と同じように。すぐ追手がかかりますから! 私たち盗人になっちゃいますから!」
「別にそのくらい気にしないよ」
「気にしてください! いいですか神様、私と神様だけならまだ良いです。でも、アオさんとミカくんも居るんですよ? これだけ疲れ果てた二人に今すぐ宿を引き払えと? また野宿しろと? 補給なしで強行軍しろと言うんですか!?」
その叫びに、はっとしたアオはすぐさま行動していた。宗が背負っていた人形を取り上げて、さっさとお堂へ返してカップを仕舞い始める。人形の方はされるがままで目をぱちくりさせていた。
「宗、私たちには休息が必要よ。動き出すのは明日から。そして連れ出す前に関係者に話を通すか、ここに幻術の結界を敷くこと。いいわね……?」
「えっと、了解?」
「そうですよ神様。神様はいつもそうなんですから。あ、人形さん心配しなくてもまた明日来ますので。私たち、あちらの街から休まず飛んで来たから休憩が必要なんです」
「そ、それは結構な旅路で。えと、えと。また明日……?」
話は終わったとばかりに素早く撤収していくアオと、ゆうに背を押されていく宗を見送って、あとには不安そうに佇む人形だけが残されていた。
わけもわからぬうちに話を切り上げられたのもあってか人形はしばらく落ち着かない様子だったが、すぐに”来なければ自分から乗り込もう”ということに決め、御堂へと引っ込んでいく。
かくして本日の話し合いは終了したのだった。
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