第6話「あやしい二人組ですよ、神様!」

「ふはははは、お困りのようだな人間!」


 唐突な高笑いが空き地に響く。思わず声のした方を二人とひとつが見上げると、木の上に浅葱色のぼさぼさのくせ毛をした少年が居た。仁王立ちだ。何故登ったのだろう。


 そう思っていると、宗くらいの背丈の少年の後ろから更に小さな少女が顔を覗かせた。人形のように綺麗に揃えられた金髪を揺らす少女は、大人しそうに見えるのに何処か目が冷たい。今も半眼で物を見るかのように、興味なさそうに宗たちを見ていた。


「ミカ、あれ人間じゃないよ」

「え、そうなの? なんだ人間じゃないのかよ。じゃぁ救わなくていっか」

「うん。無駄な労力は良くない」


 何やら二人で納得している。ゆうはいきなり現れた珍客に気を取られてしまっていたが、忘れてはいけない。今も目の前にモンスターが居るのだ。

 怪鳥もいきなり現れた二人の存在を気にしたのか、攻撃態勢をやめてそちらを気にしていたものの、ゆうが注意を向けたことで再び攻撃態勢に入り始める。これは、まずい。


「待って待って助けて下さーい!」

「えー。助けたら何かくれるー?」

「あげますあげます。きっと神様が、何等かのご利益を!」

「神様? アオどう思う?」

「……、うしろのあの子変な感じ。食べてみたい」

「マジかよ。あ、でも人間じゃないならそれもありか?」


 またも木の上で二人は何やら納得している。物騒な話が聞こえた気もしたが、ゆうは深く考えないことにした。今は助かることが重要だ。


「何でも良いから助けて下さーい!」

「おいおい嬢ちゃん、あんな得体のしれない奴らで大丈夫なのかぁ!?」

「僕おいしそう?」

「海さんは黙っててください! で、何で神様は嬉しそうなんですか!」


 本当に事態をわかっているのか、宗は何処か照れたように頭を掻いている。ゆうとしてはそんなことしている場合じゃないし、助けてもらっても何だか物騒な予感がしてならないので、神様にはしゃきっとして欲しい。


「よーし、そこの二人助けてやる! 危ないから動くなよ?」

「二人と、一つだねミカ。私も出ようか?」

「いや良いよ。あれくらいなら俺一人で何とかなるだろー」


 攻撃態勢に入っていた怪鳥に、木の上から少年が殺気をぶつける。ゆうたちへと突撃しかけていた怪鳥は、その不意打ちにびくっと身体を震わせ、一気に横へと飛んだ。


「ありゃ」


 怪鳥が居た所へと落下しながら、手にしていたトゲトゲのボールのような何かを構えた少年、ミカは軽く着地して怪鳥と対峙する。

 本来なら殺気で硬直させ、落下で速度をつけた一撃を見舞う予定だったのだが、殺気が弱かったのか避けられてしまった。


 ミカは手にしていた赤や青、黄色で彩られたトゲトゲボールを勢いつけて投げつける。怪鳥はそれに対し、一歩踏み込んで身体を回転させ、尻尾でそれを薙ぎ払った。

 ガチンという重い音がしてボールはあらぬ方向へと弾き返されたが、鱗で覆われたはずの怪鳥の尻尾からは血が飛び散った。


 怪鳥が吠える。鳥らしく甲高いその声は、思わぬ痛手に威嚇をしたのか、それとも尻尾への痛みに逆上したものか。空気を震わせるその奇声に、間近に居たミカは耳を押さえていた。

 その隙を狙い、怪鳥が跳躍。3mの巨体を飛び込ませ、強靭な脚と、その先にある鋭い爪でミカへと襲い掛かった。


「みきゃー!」


 ミカが変な悲鳴をあげたところで、空中に居た怪鳥がいきなり横へと吹き飛ぶ。避けられないと覚悟を決めていたミカは予想外の出来事に驚いた。思わず変な声をあげてしまったのが悔しい。

 ミカの前に立っていたのは、先ほど木の上にいた少女アオだった。怪鳥が飛び掛かろうとしていたところに、横から体当たりをしたようだ。


 体格は宗よりも小柄な少女だというのに、3mの怪鳥を吹き飛ばしたという事実に、見守っていたゆうは目を丸くする。


「何なんでしょうかあの二人。冷静に考えたら神様の見た目より子供っぽいんですけど!」

「さっきのトゲトゲも、折り紙みたいだよ」


 転がってきたトゲトゲボールを拾い上げていた宗は、それを見てちょっとだけ驚いていた。幾重にも折り重ねられた色とりどりの折り紙。それを組み合わせて出来たトゲトゲのボールは中身も空洞で、少年ミカの手を離れたからか今では柔らかく萎んでいる。

 これが先ほど、怪鳥の鱗ごしに尻尾を傷つけたものとは到底思えなかった。


「何とかなるんじゃなかったの?」

「アオ、助かった!」


 横合いからの奇襲に慄いたのか、怪鳥は首を左右に動かしながら一歩下がっていた。戸惑うようにその眼で少女アオを見る。いきなり現れ小柄な体躯で自分を吹き飛ばした得体のしれない存在。

 そして前方に二人と後方に二人という囲まれた状況であることに気づいたのか、怪鳥は立てていたトサカを倒し戦闘態勢を解いていた。


「あらら、戦意喪失ぽいなぁ。ま、追っ払えればいっか」

「活きが良かったから、きっと肉も引き締まっていておいしいわ。ぐっと焼いて歯応えを楽しみましょう? 炭火焼ね」

「いや逃げたぞアオ」

「あなたが捕まえてミカ。私はあっちの二人と話しがあるから」

「ええ、俺かよ!」


 その場から森へと駆け込んでいく怪鳥と、それを追ったミカ。一応危機は去っていた。ゆうはほっと一息ついて、こちらへと歩いてくる少女へと話しかける。


「いやー、危ないところをありがとうございました!」

「ゆう、結界張ったの多分この人たちだよ」

「え?」

「あら、見抜いていたんですね。私はアオ、吸血鬼よ。それで、あなたたちは何者なのかしら?」


 優雅にスカートの端を持って挨拶をしてくるアオに、宗はぺこりと頭を下げた。助けてはもらったが、そもそも結界を張って罠にしていた張本人たちだ。感謝するかどうかは悩みどころである。


「え? どういうことですか神様!?」

「どういう事も何も、彼女たちが今回の噂の大元じゃないかな」

「あ、お騒がせ吸血鬼ペア!?」

「そうそう」

「私たち、そんな風に噂されているんですか」


 その発言にアオは眉根を寄せて不満そうである。事態を把握したゆうは結界を張って遊びまわっているのだから当然なのでは、と思わなくはなかったが。そこでミカと呼ばれた少年の登場シーンを思い出す。


「そういえばお困りのようだな人間って。そのあと人間じゃないならいっかとか言ってましたっけ……?」

「そうですね。立ち話もなんですし、私たちの城に招待します。それに、約束もありますしね」

「約束?」

「何か、貰わなくちゃ。私としてはその子の生き血が欲しいのだけれど」


 少女の外見に似つかわしくない、妖艶でアヤシイ笑みを浮かべたアオは言うだけ言ってひらりと身を翻し、森の方へと歩き始める。

 神様が、危ない!? ゆうは身構えたが、当の本人である宗は平然とアオに付いていくのだから困りものである。


 神様は何事も動じなさすぎるのが玉に瑕です。ゆうはがっくりと肩を落とし、ぶつぶつ言いながらアオや宗に続くのであった。

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