第11話「お助けですか、神様!?」

 一振りで石壁は腐り落ちていた。斬撃を受けた石は腐った泥となって飛び散り、その周辺の造りごと吹き飛んで行く。斜めに振り上げられた斬撃は一回転し、砦全域に影響を及ぼした。

 地響きと共に崩れ始めた砦に、ミカはアオを抱えて穴の開いた石壁から外へと脱出する。


 その後ろ姿を見て、ゆうは自分が何をしようとしていたのかを思い出した。抱えていたものを取り落とし、ゆうは飛ぶ。大鎌を三本に増やし、障害物を滅ぼしながら、上空へと飛んだ。


「嬢ちゃんは本当に邪悪な存在だったんだなぁ」

「ゆうはそんなのじゃないよ。ただ、そんなところに放り込まれて同化しちゃっただけの子だよ」


 戦闘になってミカに放り投げられていた海と、我を失ったゆうに取り落とされた宗だけが、その場に残されていた。ゆうが真上に飛んだため、この上にあった部分は全て塵となってしまっている。

 真上が安全だとしても、砦は今も音を立てて崩れているから、のんびりしている暇はない。宗はどうにかくっつけた右腕を確認しながら、左手で海を拾い上げた。


「さ、ゆうを止めにいこう」

「オイラの力、通じるのかねぇ」

「大丈夫。権能はなくても、増幅くらいは出来るよ。でも、多分寝込んじゃうと思うからあとはよろしく」

「おいおい、歩くことすらできねぇオイラに頼むのかい」



 ミカはアオを抱えて走り回っていた。後ろから追ってくる圧力は凄まじく、一歩間違えるだけで自身が蒸発してしまうかのような威圧感がある。というのも、後ろからの攻撃をどうにか避けるたびに、砦や森の一部が大地ごと崩れ去って行くのだ。


「ミカ、あなただけでも逃げて」

「やだね!」


 まともに食らえば一撃も耐えられないだろうというのを、目の前で突き付けられている。抱えられたアオも耐えながらそれを感じ取っており、何処か発言が弱々しい。そんな逃げ回る二人に、大きな声が飛んできた。


「お困りみてぇだな吸血鬼!」


 そこには海を掲げた宗が立っていた。どうやって移動したのか、木の上に立って海が声を張り上げている。何故登ったのかはわからなかったが、注目だけ集めてそこから先は宗の控え目な声が引き継いだ。吸血鬼であるミカが耳を傾けてようやく届くくらいの声量である。


「助けて欲しい?」

「な、ありゃあんたらの連れだろー!?」

「そうだけど。別に止めなくても僕らは困らないよ?」

「おおおい! そりゃねぇぜ」


 ミカは足を止めて声を張り上げていた。確かにゆうという赤黒くなった幽霊の攻撃は自分たちを狙ったものであり、先ほどから木の上に立って居る宗たちは狙われていないように見える。


「助けて欲しい?」

「……おうよ!」

「助けたら、何でも言う事聞いてくれる?」

「ちょ、おま」


 抗議の声をあげようとしたミカの隣を、轟音と共に衝撃波が通って行った。そのまま見渡す範囲の木々が腐り落ち、大地が崩れ泥と化していく。今のは、危なかった。

 ゆうは未だ砦上空から攻撃を飛ばしているだけで動こうとしていない。それがどういう理由からなのかはミカたちにはわからなかったが、飛んで来ないとは限らない以上、のんびりしている場合でもなかった。


「わ、わかった。わかったからあれを何とかしてくれ!」

「おっけー」


 宗はその叫びに頷くと、海を真っ直ぐにゆうへと向ける。やることは、海を連れ出す前にした事と同じこと。感情は、静めて鎮めて、素直にさせるもの。暴走し、我を失ったゆうを落ち着かせる、ただそれだけ。


 海から大きな力が放たれる。何倍にも増幅され宗の想いものったその流れは、一直線にゆうへと向かった。

 赤黒く燃え上がっていたゆうは、向かってくる力に無意識のまま浮遊する大鎌を向ける。その数は5本にまで増えていて、真下の砦は当てられた瘴気のせいか溶けるように崩れ去っていた。


「ダメだよ、ゆう」


 宗の小さな呼び声に呼応したかのように、鎌の動きがピタリと止まる。迫りくる海の力を前に、ゆうは動かなかった。

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