第18話「一息ですね神様!」
沼への墜落から半日、宗たち一行はどうにか隣町へと辿り着いていた。規模でいえば廃墟の街の半分くらいで、この先の森を抜ける前の宿場町といった様相である。それでも人の行き来が多いのか、迷惑そうにしながらも子供にしか見えない一行は宿へと入ることが出来た。
普通こんな時間に訪ねても入れてはくれないものだが、火が落とされる寸前だったのと、子供に女というあまりにもか弱い集団だったため同情されたらしい。
何だかんだ泥まみれになったのは墜落したゆうだけだったので、幽体化することで泥を落とせたのも幸いだった。目に付くほど汚ければ入室拒否されていたかもしれない。
宗は背中の上で被らずに済んだし、他の二人は自力で飛び降りて回避していたので良い判断だった。ゆうは見捨てられてしまったが。
「それで、神代の力って何なのかしら宗?」
「神々が御隠れになる前からあった力のことです!」
「私は宗に聞いたのだけれど。まぁ、いいわ。まずはお茶ね」
通された部屋に落ち着いてすぐアオが口を開いていた。宗とゆうは椅子へと座り、アオも対面に座りながらカップを取り出す。
アオは三人分のカップを並べると、召喚したティーポッドで湯気立つ紅茶を注いだ。ゆうはちょっと嫌な思い出がついてしまっていたせいで、この流れが若干苦手である。味は、美味しいけれど。
あのあと気を失ってしまった宗とバックパックを一人で運んで来たミカは、部屋に入るなりベッドへ飛び込んでしまい寝息を立てていた。
海は隅に置かれた荷物と一緒だが、わざわざ取り外して連れてこようという気力もなく、本人の慮った希望でそのままである。
「ふぅ。いつも美味しいねアオちゃんのお茶は」
「それはどういたしまして。それで?」
「うん。神代の力はどれも強力なものが多いんだけど、あの“反転”は起源がゆうと同じなんだと思う」
「同じ、というと?」
「それはですね!」
「あなたは黙っていてくれるかしら?」
「えー」
目を爛々と輝かせ、まさに語りたいと身体ごとアピールしていたゆうをアオは遮った。ゆうの説明では危険だと判断してのことである。
「良い判断でぇアオ。前にゆうの嬢ちゃんに説明を頼んだら、えれぇ目にあったぜオイラはよぉ」
「やっぱり……。ゆう、悪いけれど今は黙っていて? じゃないとまた毒を入れるわよ?」
「うぅ、なんて酷いことを」
悪戯っぽく微笑んだアオの笑みを見て、ゆうはあの時のお茶会を思い出して身震いしてしまう。あんな経験は二度と御免だった。
「今から何年前か僕にはわからないけど“全てを滅ぼす力”が猛威を振るっていた時代があってね。僕ら神様もこの世界を守るために力を合わせたことがあったんだ」
「その力が?」
「正確にはその戦いで残された力や遺物、痕跡とか。そういうものを、復活したあとの僕らは神代の力とまとめて呼んでいて」
「復活?」
「うんと。“全てを滅ぼす力“はどうにか鎮めることが出来たんだけど、その時封印の柱となった僕はずっと眠っている状態になっていて。何年前か忘れちゃったけど、最近目覚めたんだ」
さらりと言われたアオは、事の真偽を宗の顔を見て読み取ろうとしてすぐに諦めた。そもそも宗は嘘なんてつかない。
「俄かには信じがたい話だけれど、それがどうして人形の“反転”に繋がるのかしら?」
「うん。僕が目覚めた時、ゆうが傍に居たんだけど。彼女こそ“全てを滅ぼす力”の生まれ変わりだから。彼女と、彼女と繋がりを持つ僕に効かないならその発端は“全てを滅ぼす力”なんだと思う」
「……待って。え、ちょっと待って宗。ゆうが? どうしてそんなことになったのかしら。冗談?」
「冗談ではありません! 私こそが!!」
「あなたは黙っていて」
「はい」
自分の出番とばかりに立ち上がってポーズを決めたゆうをアオが遮った。すぐ素直に座ったゆうはお茶を啜って満足気である。石の小結界に常備された紅茶はアオの力で何時でも芳しく保たれていた。
「ええっと。これを僕の口から言うのは憚られるんだけど、本人に言わせるわけにもいかないから言うね。ゆうは、それよりもっと前に“力”を鎮めるために人間が捧げた供物のひとつだったみたい」
「ああ。人間はたまによくわからないことをするわよね」
「“全てを滅ぼす”は結果であって、その本質は行き過ぎた過剰な力でしかなかったんだけど、そこで指向性がついちゃったみたい」
「余計な事を」
「ゆうは取り込まれて、見ていることしかできなくて。それをとても悲しんでいる子だったから。僕が封印する時に救いたいと思った結果なんだと思うよ」
「えへへ、何だか照れますね」
アオはまじまじと、照れ顔でにやにやしているゆうを見てしまう。幽霊なのに実体化出来たり、砦を崩落させるほど強力な暴走をしたりと不思議ではあったが、そんな経緯があったとは正直思わなかった。
「まぁまぁ人間の時のことはほとんど忘れちゃっていますけど、今楽しくやれているからオッケーですね!」
「そんなわけで、封印した時に分散したり形を変えたり、各地に残った痕跡だったり。“全てを滅ぼす”から派生した力は、たいてい僕らには効かないから。あれの特性も“反転”だって感じられたんだ」
「なるほど。謎は解けたけれど、それで宗はまだあれを何とかする気なのかしら」
「うん。あれが“全てを滅ぼす力”から派生したものなら、なおさら僕の仕事だし、僕らしか対処できないことだと思う」
宗の変わらぬ態度に、アオは盛大に溜息をついて紅茶のお代わりを注いでいった。たっぷりと注がれた紅茶が揺れる。アオはそれを一息に飲み干すと、宗へと視線を向けた。
「わかったわ我が主様。あなたがそれを望むなら、私も力を尽くしましょう? その代わり、私たちの呪いの方もよろしくね?」
「うん、ありがとう。でもその呪い、アオとミカが心から人間を理解しないと多分解けないからね。僕はその手助けはいくらでも出来るけど、本当の意味で解くのは自分自身だっていうのを忘れないでね?」
「……肝に銘じておくわ。さて、それで勝算はあるのかしら?」
「あ」
アオが身を乗り出してこれからのことを話そうとした時、ゆうが何やら声をあげ、立ち上がって居た。宗とアオは何事かとそちらを見やる。
「神様、声が聴こえます……!」
ゆうは反射的に霊体化し、その声をしっかり受信しようと集中し始めた。アオはカップを片付け、宗はゆうに近づいて軽く増幅の補助を行う。
微かに届いていたその声は、何かすすり泣くような。助けを求めるようなものだった。
ゆうはその声に向かって、安心できるよう優しい気持ちをのせて返す。声の主がなにものであれ、助けを求めるのなら行かねばならない。そう思わせるくらい、その声は力を持っていた。
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