第26話「切り札みたいですよ神様!?」
立ちはだかるように飛び出した骸骨は、他とは違う特殊な恰好をしていた。骨の各部位を金属で繋ぎ合わせ、手には装着型の剣のようなものまで備え付けられている。
「そんな! まだ残っていたなんて」
かつて力がコントロールされていた時代に、死なない傭兵として人形の所有者が造り出した遺産。そのことを知っていた人形が溜まらず声をあげていた。
なにせ己の眼下で、相手が切り札として砂に秘していたそれは。錆びついた腕の剣を宗の胸へと突き立てたのだから。
宗はそのまま持ち上げられ、抱えていた人形ごと部屋の隅へと投げ捨てられてしまう。
床を転がりながらも、どうにか人形を守ろうと抱え込む宗。人形は発揮しようとしていた力が途切れ、宗の血に塗れながら必死にしがみ付いていた。
『こいつは、やばいんじゃ……』
「……!! ミカ、さん? ミカさんの蝙蝠! どうかあてを、あっちのあてに投げてくれないか!?」
声に弾かれるように顔をあげた人形は、宗の腕から這い出て叫ぶ。その先、地下から入って来たばかりのところに折り紙で作られた蝙蝠が舞っていた。
『そいつはやれないことはねぇけどさ。大丈夫か?』
「あてに。あてに覚悟が足りなかったばっかりに神様が。あっちのあてをこうしてしまって可哀相だと。でも違った。こんなこと、止めなきゃダメなんだ。このままじゃ死を振り撒くものになってしまう。そんなの、させない。投げてさえくれれば、あとはあてが何とかする!」
『どちらにせよ、一度っきりだぜ。あんたを投げたら蝙蝠の力が尽きちまう』
立ち上がった人形のそばに蝙蝠はやってきて、目の前で相対する骸骨を見やる。そいつはまるで祭壇を守るかのように、位置を変えて立ち塞がっていた。どう見ても使役されている。
『問題はこいつが許してくれるかどうかだなぁ』
「こいつは、何十年も前に死後も御家を守るって契約した傭兵なんだ。その契約を刻んであるから、状態を反転しただけで守ろうとする哀しいものになっちまった。いや、あてがしたことなんだけど。それで、神様が」
『御家なんてもうないのにな。ああ、宗なら大丈夫大丈夫。この程度じゃ死なないってー』
「でも、でも痛いんだろぉ!?」
『そらなー。でも言ってる場合じゃねぇって。こっちも結界間近だし、ゆうだって何時までも足止めできないぞ』
「わ、わかってらい! あてだってすぐにでも反省しに閉じ籠りたいくらいだけど。目を背けてる場合じゃないって、わかる」
目の前の骸骨は頑として動こうとしない。こちらを攻撃に来ないのは非常に助かったが、出方を窺っているだけか守りに徹しているのか。これでは人形を放っても防がれるのは明白だった。
「……じゃ、こうしようか」
「か、神様! 動いて大丈夫なのか!?」
人形と蝙蝠が出るに出られずに居ると、胸元を真っ赤に染めた宗がよろよろとその列に加わっていた。少しふらつき、胸元を押さえてはいるが受け答えはしっかりとしている。
「うん。なんとか。投げても無理そうだし、僕とミカくんで骸骨を止めよう。蝙蝠の体当たりで吹き飛ばして、そのあとは僕が抑えるから」
『それいけんの?』
「物理的な相手なら厳しいけど、反転の力なら抑えられると思う。お守りもあるし、いうなれば僕らの下位互換だからね。力関係的には」
『なるほどなー』
「それで、人形さんに走ってもらう」
「あてが、走る。はし、れるかな」
「頑張ってね。行くよ」
言うなり、宗は前に出ていた。あまり時間的猶予もない。その動きに合わせるように蝙蝠が横へと回り込み、人形が覚束ない足取りで走り出す。
ただ守るとだけ刻まれた骸骨は機械的な思考で目の前、最も近い宗へと腕を振りかぶっていた。そこへ、横合いから高速で蝙蝠が体当たりして、一気に骸骨を右手にあった砂山へと弾き飛ばす。
金属で補強された骨は蝙蝠の一撃にも砕けず、連結されているが故に蝙蝠に押し出される形となっていた。対する蝙蝠は力尽き、ただの折り紙となって散って行く。
砂山に半身を埋められた骸骨は、どうにか立ち上がろうとして。その動きを続けて突進してきた宗によって止められた。
起き上がりかけた骸骨を押しとどめるように、宗はお守りを押し付ける。宗の力は増幅だったが、反転の力から守るためのお守りは、それだけで骸骨の原動力である力を遮断していく。完全には止まらないものの動きの鈍くなった骸骨はもがき、元凶を取り除こうと宗へ拳や剣を振るった。
蝙蝠は一撃によって力を使い果たし、宗も身体を張って骸骨を食い止めている。ここで自分が転ぶわけにはいかない、と人形は走った。小さな体躯で、ふらふらと揺れる不安定な走りで。
それでも、そこには決して挫けないという決意が漲っている。
「……イマサラ、ナンナンダ!」
祭壇の人形が初めて言葉を発していた。しかし、走る人形は止まらない。飛び掛かるように。圧し掛かるように抱き着き、二体の人形は一緒になって祭壇から転がり落ちていく。
ここに来て何十年ぶりかの再会が果たされ、それと同時に最期の執念が乗った“反転”の力が猛烈な勢いで周囲へと放たれていた。
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