第27話「無茶し過ぎです神様」
「やばいって!」
宗たちの元へと送っていた蝙蝠の反応が絶たれ、そのあとすぐ上空で偵察をさせていた蝙蝠が順番に消えていくのを感じ取り、ミカは囲まれかけていた場所からアオの結界へと走っていた。
強力な“反転”の力が駆け抜けて来る。ここまでお守りで防いできたが、状態の反転は一瞬で使役された折り紙をただの紙にしてしまった。ミカ自身が一瞬で死に変わることはなくても、こんな骸骨たちに囲まれ状況では危うい。
そう判断したミカが丘の上の結界へと滑り込んだのと、その力が到達したのは同時だった。
「アオー! 掴んでくれー!!」
ミカが倒れ込みながら結界へと入り叫ぶ。待ち構えていたアオはその手を取って、結界内では無類の力を誇る腕力で引っ張った。
それでも、ミカの全てが結界内へと入る前に、無数の骸骨がその結界から飛び出た足を掴む。
「ぐ、ぐえぇ。た、助けてくれアオー」
「任せて」
結界内で強化されたアオの力は、外で引っ張る無数の骸骨たちと見事に釣り合っていた。ピンっと伸ばされ、悲痛な声を漏らすミカ。
引き伸ばされる腕と、骸骨たちに引っ張られているのだろう両脚で、関節に限らず身体中に痛みが走る。
正直この状態が辛いミカだったが、外に飛び出た足は大勢の骸骨に群がられているはずなのに感覚がなかった。
おそらく反転の力に晒されて、ただで済んで居ないのだろう。今アオに離されたらと思うとぞっとしてしまう。
そして同じようにその力に晒されたゆうは、己の特性上影響は受けなかったものの、連絡用に飛んでいた蝙蝠が落ちるのと、骸骨たちが喋りはじめたのを見て固まっていた。
「ウァ、アア。コ、コロシテ。コロシ」
「ニクイニニニ、ニク。イ」
「ヴァァ、ママ? ママドコ」
行き過ぎた反転で一時的に自我を呼び起された骸骨たちは喋りながらも本能に突き動かされるようにゆうを追う。ゆうはそれには付き合わず、仕切り直しのために空へと飛び上がった。
骸骨たちはゆうの足下に群がりつつも先ほどのようにブツブツと声を発している。多分、これは声帯がないから生物的な発音ではなく、聴こえるものにしか聴こえない声なのだ。
その怨嗟が耳に痛い。ゆうこそ、こんなことを引き起こした力の根本だから。ゆうは当事者の人形と同じく、この事態を止めなければという想いに駆られていた。
少し前に連絡用蝙蝠が「やばい」と呟いたきりなのもあって、ゆうの不安は膨らんでいく。これだけの事態が起きたのだ。人形と人形の邂逅で何かがあったに違いない。
ゆうは飛んでいた。宗たちが居る建物、その地下へと地面を突き抜けるように。骸骨たちが追って来ても構わない。今大事なのはこの先のことだ。
「神様ー!!」
地下室に通過したゆうはすぐさま大剣を振るう。祭壇の前で組みあっている人形が二つ。そこへ今まさに剣を振り降ろそうとしている、金属板だらけの骸骨が一体。その左手に乱暴に掴まれ、ぐったりと垂れさがる宗。
突きの形で骸骨へと向かった剣は、振り向きざまの右手剣で受け止められていた。鈍い金属音が響き、骸骨が衝撃緩和のため少し後ずさる。人形への攻撃は阻止できたが、宗は骸骨の手にあるままだ。
「ジャマ、スルナッ!」
「こっちも喋るし! 神様大丈夫ですか!?」
「ゆ、う。僕より、人形たちを」
言われて人形たちの取っ組み合いをちらりと見たゆうは、その本質を悟る。拮抗しているわけじゃない。力としてはあちらが上で、自分たちが連れて来た人形が負けかけていた。確かに、骸骨の相手をしている場合じゃない。
「神様、鎌を抜きます」
「うん……。何とか、してやって」
骸骨は飛び回る大剣を警戒しているのか動かずゆうの様子を見ていた。その力を知らないからこそ、切り替える時間をただ見守っていたのだろう。
ゆうは大剣を仕舞い、己の特性の一部を慎重に開いていった。代わりに現れたのは一本の真っ黒な草刈り鎌。大きなそれは暴走時と違って瘴気を纏っておらず、じゃらりと何本かの鎖を垂らしていた。
「これを抜かせた時点で、あなたの負けです」
「マモ、マモル。ル、ルル」
「哀れな魂よ。その楔と契約を滅します。“絶ち切れ”」
その場で鎌をすんなりと振るったゆうの動作で、骸骨は停止した。その状態を維持していた“反転”と刻まれた過去の契約が滅ぼされたのだ。
途端、呪縛がなくなった骨の塊は崩れ落ち、長年維持されてきた骨という形すら白い砂となって積み重なっていく。あとには落とされた宗と、金属パーツが床に散らばっていた。
「ゆ、うさん。その力。それが“全てを滅ぼす力”なんだな。あての力なんかより、もっと凄い」
「はい。神様のおかげで用法用量を守って絞れば、色んな使い方が出来るんです! まぁ極々短時間だけですけど」
「すげぇんだな神様もゆうさんも」
かつての自分と組みあいつつ、負けかけていた人形は言葉を繋ぐ。消え入りそうになる意識を繋ぎとめて。
床で動きの止まっていた二体の人形のもとへ、ゆうは近寄った。どちらも御互いとぶつかり合い、存在が乱れ不安定になっている。
「ゆうさん、お願いだ。あてを。あてらをそれで滅ぼしてくれ。こうなっちまったのも、あてが不甲斐なかったからで。これだけのことを仕出かしたあてらで、責任を取らなきゃならね。どうにかあてが抑えられているうちに、頼むです」
「そうですね。嫌です」
「えぇ!? 今のは神妙に頷いて引き受けるところだろー!?」
人形が叫んだ。今はそんな部分に余力を割いている余裕なんてないはずなのに、思わず叫ばずにはいられなかったらしい。
そばに立って居たゆうは鎌の石突を床につけ、胸を張って言葉を続ける。偉そうなポーズだった。
「違います。許しません。いいですか人形さん。私たちの力は確かに、人の世では忌み嫌われるもので、災厄を引き起こすものかもしれません。それでも。それでも、どんな呪いだろうと穢れだろうと、居るだけで否定されることなんてないって。神様ならそう言います」
「えぇー、じゃぁどうするんだ! あてには、もうあてを抑えることなんて出来ないぞ。もうちょっとで、一体どうなってしまうのかあてにだって」
人形が慌てているところで宗もゆうの隣にやってきた。傷だらけの血塗れで、それでもゆうの左手を掴んで、力の増幅準備を整える。
人形としては宗に味方になって欲しかったのだが、その様子は微塵もなく、むしろゆうと宗は言葉なく頷き合っていた。
「安心してください人形さん。あなただけになんて背負わせません。そもそもの元凶は私ですよ! そんな私に関わらせないなんて、ダメなのです」
ゆうがスッと何気ない動作で右手の鎌を振っていた。その絞られた滅ぼす力は、人形たちの歪んでしまった形だけを撫でるように。凝り固まってしまった部分だけを掬い取るように。刈り取っていた。
途端、人形たちはそれまでの抵抗なんて何もなかったかのように融合していく。もとの一つの人形に戻るだけ、たったそれだけの事だったかのように。
「……ゆうのゆうはね。幽霊のゆうなんかじゃないよ? そんなになってまで優しくて、強い勇気を持っていたから。優しいって意味と、勇気って意味での“ゆう”なんだ」
「え、神様。前に聞いた時は幽霊のゆうって言ったじゃないですか!」
「僕でも冗談くらい言うよ」
「わ、わかりにくーい!!」
そんなやりとりを聞きながら、融合した人形の意識はゆっくりと沈んで行った。それと同時に、未だこの地に縛り付けられていた多くの死と生が、その呪縛を解かれて行く。
全ては砂に還り、まるでそんな呪いなんてなかったかのように、この地は平和になったのだ。
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