第28話「めでたしめでたし、ですね神様?」

「それで解決できたん?」

「一応!」


 増幅と自分の身体と無茶をし過ぎて気絶してしまった宗を背中に、融合により気を失っている人形を抱きかかえ、ゆうは丘へと戻って来ていた。自分も力の使い過ぎで飛ぶことも出来ず、戻るのに随分かかってしまっている。


 丘の上で結界に入れば、てきぱきとお茶の準備や休憩場所の増築を始めるアオと、両脚が腐り落ちかけ、包帯だらけになったミカが待っていた。


 アオは結界内だと色んなものを造ることが出来るのでありがたい。

 簡易ベッドのようなものに宗と人形をそれぞれ寝かせ、ゆうとしても寝てしまいたかったが二人に事の経緯を説明するためにそれはやめておいた。


 アオが用意した椅子へ腰かけ、アオとミカとゆうでテーブルを囲ってお茶を飲む。疲労した身体に芳しい紅茶が沁みて心地良かった。


「その解決って、乗り込んでゆうが斬りつけるのとどう違うのかしら」

「全然違いますよー! この解決は人形さん同士で殴り合うというか、気持ちをぶつけあったあとだからこそ、取れた手段ですから!」

「ふーん。そうなん?」


「ここまでで変わり果てた人形さんと、それを受け止めようという人形さん。そもそもはひとつの存在でしたし、根本的に当初の作戦通りで問題なかったんです。ただ、暴走していた力と、それに振り回された何百という怨念たちがそれを拒絶していたので、私の力でちょちょいっと」

「人形同士で刺激し合って、邪魔な部分を浮き彫りにしたということかしら。まぁ、解決したなら良かったわ」


 アオは事もなくお茶を啜り、脚を犠牲としたミカもそんなものかとのんびりとしている。ミカなんて結構な負傷を負ったというのに、二人にとって事の次第への興味はそんなものだった。


「まぁ、散々振り回しておいてそんな解決は認めないっていう彼らの気持ちもわかりますけどね。そこは、私と人形さんで背負って。この力を有効活用することで認めて行ってもらうしかないことです」

「それは、本当なのか?」


 ゆうに続いた声に三人が顔を向ければ、ベッドから身を起こした人形が不安そうにしている姿があった。結界に入って落ち着いたのだろうか。顔色もよく融合はうまくいったようである。


「あてが仕出かしたこと、やっぱりなくなるわけじゃないもんな」

「そうですよ。でも、さっきも言いましたが一人で背負うことはないんです。私も、この力の発端ですから、彼らの怨嗟は半分だけ頂きました」

「そ、そんなことが出来るのか?」


 ベッドで驚きの声をあげる人形に、ゆうはアオから預かったティーカップを運んで受け渡し、ゆっくり優しく語り掛ける。


「はい。無事融合も果たして、元に戻りましたが。滅んだ街も、私たちがしたこともなくなりはしません。別に私たちはそういう存在ですから、気にしないならそれでも良いんですけどね」

「そんなこと、無理だ。あては、あの怖ろしい光景を忘れるなんて」

「はい。なら、私たちはちょっとでも力持つものの責任ある働きをしていきましょう」


 ゆうは人形の隣へと腰かけ、お茶を飲むように促した。お茶は心を鎮める力だって持っている。海の力に頼らなくても、事態と向き合い受け入れる力が人形にはあると、ゆうは思っていた。

 一口、ゆっくりとそのお茶と温かさを噛みしめた人形は、少しだけ穏やかになった顔で言葉を続ける。


「……そう、だな。あてもこの力をうまく使いこなして。神様やゆうさん。いんや、ゆう姉さんのようにカッコよく誰かの役に立っていきてぇ」

「姉さん!?」

「だ、だめか!? だって、あての力もゆう姉さんの力も、もとは“全てを滅ぼす力”だったんだろ? なら、ゆうさんはあての姉妹みたいなもんで。今回助けてもらったし、本来はあてが背負うべきものまで背負ってもらったし……、だめか?」


 真横から上目遣いでお願いされてしまい、ゆうはたじたじである。ちらりと横を見れば、アオもミカもにやにやとこちらを見ているし。

 別に嫌ではないけれど、ただただ恥ずかしい話だった。とはいえ、何やら覚悟を持って言い出した人形の願いを断るほどの理由ではない。


「うぅ、わかりました。良いですよ」

「あ、それでな。ゆう姉さんにどうしても頼みたいことがあるんだ」

「さらに!?」

「んとな。良かったらでいいんだけど。いんや、なるべくならゆう姉さんが良いんだけど」

「は、はい」

「あてに、名前を付けてくれないか?」

「!?」


 隣でもじもじチラチラとお願いして来た新たな妹に、ゆうは衝撃を受けていた。

 これまで、散々宗の名付けをからかって来たというのに。いざ自分がその立場になると、一生ものの名前という、大事なものを決めてしまうプレッシャーが重く圧し掛かって来たのだ。


 けれども隣で可愛らしく縮こまっている妹は、そんなゆうの内情など知らない。これから受け取る素敵な名前に期待しているのだ。キラキラとした目がそう語っている。


「あー、えっと。うーん」


 思い悩むゆうはヒントを探し、人形を上から下までじっくりと観察してみた。

 黒くて艶のあるおかっぱ髪に、大きなくりくりとした瞳。人形なのに柔らかそうな頬と。赤に金の刺繍が目立つ民族衣装に、小さな鳥をあしらった……。


「コトリ。今日からあなたは、コトリです!」

「コトリ……! それが、あての!!」

「はい!」

「コトリ、コトリ。うん、気に入った! あては今日からコトリだ!」


 人形、コトリは何度も頷きながら嬉しそうに笑っていた。ゆうはほっと一息、一安心である。が、顔を上げれば。


「おいおいコトリってまんまじゃね?」

「宗も相当なものだと思っていたけれど、ゆうも似た者同士だったみたいね……。気の毒に」

「アオさん最後の一言は余計ですよ!?」


 ベッドから立ち上がり抗議するゆう。アオもミカも余裕そうにカップを傾けるだけで笑っているので、余計ゆうとしては唸る仕草である。

 ゆうが、このプレッシャーは命名する側にならないとわからないんです、今までごめんなさい神様! と心の中で謝っていると、隣からくすくすと小さく笑う声が響いてきた。


 見ればできたばかりの妹、コトリが口元に手を当てて笑っているのだ。そういえば、笑うところは初めて見たかもしれない。


「ともかく。コトリは、これからどうするつもりでしょうか。あの町に戻ります?」

「いんや、もうあそこで守り神をやる意味もないし。それに、あてはこれからこの力を役立てて行きたいんだ。だからどうか、ゆう姉さんと神様のもとで働かせてくれないか? どうか、導いて欲しい」

「導くだなんて、そんな大層なことはできませんけど。旅の仲間が増えるのは歓迎です! きっと神様も!」


 ゆうは座っていたコトリを引き上げ、引いた手を無理矢理握手の形に変える。意図を理解したコトリもその手をしっかりと握り返し、御互い笑い合って握った手を上下に振った。

 御互いもう片方の手に持ったお茶をこぼさないように気を付けた、変な握手である。


「これからよろしく!」

「あても役立てるよう頑張るよ、ゆう姉さん!」

「いやー、俺らも忘れないでくれよなコトリ」

「そうよコトリ。あなたは新入りなのだから忘れないで。それと、ミカも脚がダメだしあなたが荷運びの主力よ?」


 ほんわかしていた二人のもとにアオが宗のバックパックを運んできて降ろしてみせた。

 確かにミカが負傷している今、まともに荷物運びが出来るメンバーは少ない。それでもこんな小さくて華奢なお人形をつかまえて、そんなことを押し付けるだなんて、とゆうは姉として立ちふさがった。


「アオさんいきなり新人いびりですか!? こんなに小さなコトリを……」

「反転しなさい。荷物の重さと、あなたの身長。運びやすいようソリを造るわ。ゆう、手伝って」

「あ、そっか。あての力なら。あれ?」


 言われて確かに、とゆうも納得してしまった。反転の力をうまくコントロール出来れば、身長はともかく荷物の重さは自由自在である。素晴らしいアイディアだった。

 そしてコトリは何やら自分の胸元に手を当てて首を傾げている。融合して間もないのもあってか、力のコントロールがうまくいかないのだろう。


「コトリ、半分私が受け持っているので。慣れるまでは私の手をとって集中して力を使った方がいいですよ。コントロールの手伝いくらいなら出来ますから」

「あ、うん。助かる。ありがとう、ゆう姉さん」


 手をとってコントロールの手助けをしてやると、コトリは見る間に大きく成長し、少女形態のゆうをもこえて大人の女性のような外見へと変わって行く。あれー、これじゃぁどっちが姉かわからないぞぉとゆうは目が点になっていた。


「わぁ、本当にうまくやれたよ! ゆう姉さん見て見て!」

「縮尺じゃなくて成長度合いが!? これじゃ小鳥じゃなくて大……。って私にも神様にも効かないんですよねそれ。コトリ、なんだかズルくないですか?」

「あてにそんなこと言われても!?」


 髪も伸び、艶やかな黒髪を揺らす女性形態となったコトリは、ゆうの何とも言えない冷ややかな視線に戸惑ってしまう。


「ほら、二人とも遊んでないでソリを造るの手伝う! また野宿になってしまうわ」

「あ、はーい!」


 アオの急かす声に、二人は手を取り合って歩き出していた。疲れも癒えぬまま、ではあるけれど、のんびりしていては何日も野宿することになってしまう。それはやっぱり、幽霊だろうと吸血鬼だろうと人形だろうと、嫌なのである。


 そうして開始された作業を、結界の隅、ベッドの上にいた一人とひとつは寝たふりを決めて見守っていた。


「くああぁ、ま~た騒がしくなりそうだなぁおい」

「良い事、だよ? 海は騒がしいの嫌いなの?」

「へっ、嫌いかって? 大好きだよこんちくしょう!」


 かくして神様を中心とした何とも不思議な一行は、またもや仲間を増やし、新たな困りごと。呪い。人の手に負えない出来事を求めて旅を続けるのでありました。


 彼ら彼女らの行く先で待つ新たな事態。十字架に聖水。異教徒狩り。

 それはまた、別のお話。


 今はひとまず。 ――めでたし、――めでたし。

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神様くんと幽霊ちゃん 草詩 @sousinagi

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