第4話「え、本気ですか神様!?」
解錠された海が連れて来られたのは、先ほどのカップルの元だった。未だ喧嘩の真っ最中の二人の家からは怒声や物が壊れるような音までしている。
その勢いは激しく、自分がやったことの結末を見せつけられているかのようで、海としては居心地が悪かった。
「こんなものを見せつけて、どういうつもりでぇ」
「海は良かれと思ってやってあげたんでしょう?」
「そいつぁそうだが。宗さんよ。オイラにどうしろっていうんだい」
「とっても簡単なことだよ海」
そう言って、宗は海を掲げて家の方へ向けていた。宗の淡い緑色をした瞳に金がさし、少し輝きを帯び始める。
「君の名前は海だ。燃え盛る炎でも、叩きつける金槌でもない。大海のように、大きく力強く。荒れていても海という本質は変わらない。イメージを。静かなさざ波と、包み込むような母なるもの。さぁ、力を貸して。その権能をここに」
宗が導くことで、海の本体から静かな力の流れが放たれるのが、横で見守っていたゆうにも感じることができた。穏やかでいて力強い、それは流れ込むように家へと入って行く。
「感情は爆発させるものじゃない。静めて、鎮めて、素直にさせるものだ。今この時はね。あの二人だって、本当に嫌い合っているなら海のところになんて来ない。お互いをより知って、一緒に居たいから。ただ不安だっただけさ」
やがて、家の中の喧騒はおさまっていた。静かに、お互いが気遣うような小さな声がする。内容までは聞き取れなかったが、それは確かに優しい言葉だろう、とゆうは思う。
「こいつが、オイラの力……」
「そうだよ海。これが君の偉大な力さ。泣く子を癒し、感情的になってしまった人々を鎮め、正しい判断と素直な気持ちを呼び起こすことが出来る。素敵な力だよ」
「ああ、そうだったんだなぁ。オイラ、どうしたって燃え上がらせる方ばかり考えて……」
「うん。改めて聞こう。海、君の発露した大元“原始”はなんだい?」
金槌をおろし、宗は輝きが収まった瞳で手元の海に問うていた。付喪神に限らず神やそうした存在が顕現するのは故あってのことだ。己の根源である、その発端を宗は“原始”と呼んでいた。
「……オイラ、道具として役立って。喜ばれるのが好きだったんだ。もうだめかと思ったものが治って、また役立てることが出来る。そうやってダメにならずに繋がって行くのが好きだったんだ。今みたいに、ダメになりかけたものを鎮めて“なおす”ことこそが、オイラの発端だったんだなぁ」
「その気持ちを忘れなければ大丈夫。もう、失敗なんてしないよ海」
「そっかぁ。そう、だよなぁ」
一通りの仕事を終えた気分になった二人とひとつは、しみじみと喧騒が収まり、かわりになんだかピンクな雰囲気を醸し出し始めた家の前から早々に撤退し鍛冶場へと戻っていった。
せっかくの気分が台無しになるところである。ゆうは興味津々だったが、宗が長居をさせなかった。
「で、あんたらには感謝してもし切れねぇわけだが。結局のところ、二人の目的はなんだったんだ?」
「ふっふっふ。それはですねぇ。神様は自分の権能をしたまでなんですよ!」
「いやわかんねぇよ!! 喪失したって言ってたじゃねぇかどういうこった」
何故か得意気なゆうを脇に避け、宗は頭を掻いた。どこから説明をしたものかと。悩んでいる宗を他所に、ゆうが正座からの挙手で必死にアピールをしている。あ、発表したいんだね、と結局宗は任せることにした。
「昔々あるところに、いたいけな巫女の少女がですね」
「なげぇのかそれ」
「もう、水をささないでください海さん。いいところなのに」
「しょっぱなから良い所たぁどういうこった……」
ゆうの言い分に後ろで聞いていた宗も顔を覆うばかりである。やっぱり自分が説明した方が早いのだろうか、と視線を向ければゆうは溜息一つ。
「はいはいわかりましたよ。なるはやですね神様。かつて居た邪悪な存在を封じることで、神様はその権能を失ってしまいました。しかもその邪悪な存在は形を変えて憑りついている! なう!」
「ああん? まさかそれって」
「そう、私です。正確には違いますけど、それでいいです」
「いや、ゆう。それは良くないと思うけど」
「神様は黙っててください。ほぼ力を失ってしまった神様は人の身のような存在になってしまった挙句、目が覚めてみたら他の神々は居ないわ私が居るわで大変な事態に。でも神様は凄いんです」
興が乗ったゆうは身振り手振りで大盛り上がりだった。後ろでもう聞いていられない、と宗は顔を覆い蹲っているしで、説明されている海は困惑気味である。
「自身の原始に立ち返り、神格と権能を取り戻すため人間界を旅することにしたのです。めげない。神様えらい! 在るだけで人々を幸せに出来た素晴らしい権能にはまだまだ届きませんが、各地で問題や悪い噂を解決し、少しずつ進んでいるのです」
どや顔で説明終わりと言いたげにしているゆうを見て、海は解説が終わったことを悟った。正直なところ細かい事情は全く読み取れなかったが、ひとまず。
「ってぇと。要は各地でお悩み解決して、地道に幸せってやつを増やしてるってぇことか?」
「まぁそんなところですね。海さんは理解が早くて助かります」
「そりゃ、また難儀な旅だ。オイラみたいな付喪神に関わったのもそのためか」
「それもあるけど、別に僕が幸せにしたいのは人間だけじゃないよ。付喪神だろうと精霊だろうと、もちろん幽霊だろうと。濁った心を浄化するのが僕の“原始”だから。今回の件も困っているのがどんな存在だろうとやることは変わらなかったさ」
それが特に人の手に余る内容であればあるほど、意味のある行為だと宗は感じていたが、流石にそこまでは言わないでいた。それは同時に大きな困難にも成り得ることだから。
「なるほど、な。お嬢ちゃんの説明はよくわからんかったが、何となく目的は掴めたぜ。なぁ宗さんよ。その旅、オイラもついていっちゃぁだめかい?」
「いいよ」
「そうだよな。急にこんなこと言われても困るよな。オイラみたいな中途半端な……ああん? いいのかよ!?」
「うん」
あっさりとした宗の返答に、海は嬉しいような意見をやり合わせたかったような何とも言えない気分であった。それで良いのか、軽く考えられているのではないか、と疑いたくなってしまう。
「オイラとしてはよ、気づかせてもらった原始を考えれば。あんたらについていくと、せっかく授かった力を村で腐らせずに済むし、存分に発揮できるかもしれねぇってよぉ。この村じゃお飾りみたいな扱いだし、何より恩義を返せる」
「恩義は別に良いのに。僕らはお互いの原始が噛みあっただけで、自分のためにやったことなんだから」
「理屈じゃそーだろうと譲れねぇのが恩義ってもんだろ!」
「え、海さん参加ですか。えー、そうなんですか。えー?」
「で、なんで嬢ちゃんは不満そうなんだよ!」
まとまりかけていた話に、横からゆうが必死に眉根を寄せて難色を示している。一生懸命うーんうーんと唸っているが、宗の方は全く意に返さない。にっこりと笑ったまま海を再び台座から持ち上げた。
「じゃぁ行こうか海。これからもよろしくね」
「お、おうよ。オイラ道具だからよ。やっぱり自分でやるよりは誰かに使ってもらった方が良いって、さっき思ったところよ。宗さんなら任せられるしな」
「神様、一度決めたら頑固ですよね。はいはい、海さんよろしくお願いします」
諦めたゆうは観念したのか割り切ったのか、再び笑顔になって宗が持つ金槌に挨拶をする。そんなゆうを、微笑ましそうに宗は見守っていた。
「おう嬢ちゃん。あ、でも嬢ちゃんはオイラ使わないでくれよな」
「なんでですか」
「碌なことにならねぇ気がする」
「えー」
「まぁ、とりあえずこれから僕らは泥棒扱いだろうから。さっさと逃げようか」
「えぇ。逃げるんですか!? 今日はやっとベッドで眠れると思ったのに!」
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こうして、私の悲痛な叫びと共に。二人とひとつの新たな旅が始まったのでした。神様はこういうところが人間の気持ちをわかってないところなのかもしれません。
いくら元幽霊だからと言って、何日も野宿が大丈夫な女子は居ないということを、是非知って欲しいところです。
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