第8話「変な呪いですね、神様!」

 ミカと呼ばれた吸血鬼の少年は3mもある怪鳥を両手で掲げて戻って来た。自分の二倍以上もある体躯の怪鳥を持ち上げて平気な顔をしているその姿を見て、ゆうはミカに対しても警戒しなければと気を引き締める。


 怪鳥は最期まで抵抗をしたのだろう。ミカは所々生傷が出来ており、怪鳥の方も鱗がめくれた傷痕や散り散りになった毛並みが何か所かできていた。

 そんな怪鳥を広場に放り出したミカは、階段を上がってすぐアオからこれまでの経緯を聞いている。


「俺を待っててくれたってわけか。悪いな客人!」

「そう。だから、早く解体してきて」

「おう任せろ。ってなんでだよ! 俺を待ってたはずなのに、俺が解体に行っちゃって良いのかよ!?」


 快活な笑顔を見せつつ、そのままUターンしてからのひねり込むようなツッコミを見せるミカ。ゆうは、なるほどお笑いの人なんだなと勝手な解釈でミカという吸血鬼への理解を進めていった。


 突っ込まれた方のアオは澄まし顔で紅茶を飲んでいるし、宗はその様子を楽し気に見ているから、ゆうは何だか自分ばかり警戒していて馬鹿らしく感じてしまう。とはいえ、神様がこんなだからこそ私がしっかりしなければ、と思う所もあった。


「じゃぁ誰が解体するの? まさか御客様にさせる気?」

「いやそもそも客なのか? 俺らが助けたんじゃなかったっけ」

「契約して護衛任務についたと考えればお客様でしょう?」

「あ、なるほど」

「ほら、蝙蝠置いていって。会話だけなら出来るでしょ」

「おう。わかった」


 なんだか顎で使われているように見えなくもないのに、ミカは素直に従っている。それで良いのだろうか、とゆうは思ったが当の本人は気にした様子もなく、何やら黒い折り紙で作られた蝙蝠をテーブルに置いて、解体のために再び階段を降りて行ってしまった。


『よし、これで会話は出来るぜー。ってあれ、俺の分のお茶は?』

「さ、そういう事だから本題に入りましょうか」

「あ、はい」


 ゆうは姿勢を正し、優雅にティーカップを置いたアオへと向き直る。わざわざ結界を張って待ち構えて、そのうえで捕食するわけじゃないというのだから、相当な理由があるに違いない。それも迷惑な二人組として知れ渡るくらい繰り返しているほどなのだから。


「さて、私たちがどうしてこんなことをしているのかと言えば、答えは簡単。私とミカにはある呪いがかけられているの」

「呪い、ですか」

『そうなんだよ。全く面倒な呪いでさー』

「ミカ、私が話しているのだけれど?」

『おう。解体してるぜ! ってそれじゃ何のために俺を待ってたんだよ!』

「二人のことを勝手に話すのはダメでしょう?」


 この二人の関係性なら勝手に話しても大丈夫なのでは、と思うゆうだったが賢く黙っておく。


「そう、それで。その呪いがね。厄介なことに“人を救わなければ死ぬ”という呪いなの」

「えぇ、なんですかその呪い。随分変わった呪いですね!?」

「またけったいな呪いだなぁ。一体誰にかけられちまったんでい」


 呪われたハンマーと呼ばれていた海が思わず声をあげる。これまで宗と共にいくつか呪いという文言に巡り合って来たゆうも、そんな呪いは聞いたことがなかった。

 随分風変りな呪い、というか呪いと言って良いのかもわからない。死という重すぎる結果に対し、条件が曖昧過ぎてちぐはぐだ。


「吸血鬼の王様、のような方かしら」

「するってぇと結界を張って、迷い込んで来た奴らを“救って”いたってことかい?」

「ええ、簡単に言えばそうなるわね。私たち、これまで人とそんなに関わって来なかったし、いきなり救えと言われてもよくわからなかったから」


「あー! だから登場時に。お困りのようだな人間って」

『おうよ。迷い込んだ人間を親切にも助ける! モンスターに襲われてたら救う!』

「え、でも結界を張ったのってお二人なんですよね?」

「そうよ」

「なんてマッチポンプ……。それで呪いは回避できているんでしょうか」

「それがダメだから困っているのよ」


 それは、そうなのだろう。そもそもの救うという条件が曖昧過ぎてよくわからないし、一人救えば消えるような呪いなのかもわからないけれど。

 それでも、自分たちで落とし穴に落としておいて助け上げるような行為で解ける呪いなんてないとは思う。そんなことで良いなら世の呪いはたいして問題にならず消えているだろうから。


 ゆうがそう考え、当たり前でしょうという呆れ顔になっていると、それまで黙っていた宗が口を開いた。


「だから僕らを?」

「神様なら、この呪い何とかできるんじゃないかなと思って」

「それは無理だと思うけど」

「あら、血もダメで解呪もダメなんて困ったお客様。それじゃぁ――、助けたがないじゃない」


 アオは語気を強めて立ち上がっていた。その声色は冷たく、ゆうがごくりと息を呑む。

 しかし、そんな一方的な話もない。ゆうは拳を握りしめ、負けじと立ち上がった。


「何を言っているんですか! そんな一方的に結界で陥れて助けただなんて、通用するはずないじゃないですか! そんなの罠にかかった獲物を弄んでるだけです。そんなことしてるから呪いが解けないんですよ!」


 声を荒げるゆうに対し、アオはどこか余裕をもってくすくすと笑いながら口元に手を当てている。ここは未だ結界の中であり、相手の本拠地なのだ。


「あら、こちらの獲物は威勢が良いわ。それに、あなたたちは人間じゃないのだから救う必要なんてないわけだし。対価が払えないなら、尚更ねぇ?」

「一方的に暴力で押さえ込んでおいて選択を迫る行為に対価を払えなんておかしな話です!」


 ゆうがなおも抗議していたが、アオは意に介さず。すっと伸ばした手でパチンと指を鳴らす。

 その途端、どさりと音を立ててゆうの隣、宗が机へと倒れ込んでいた。


「か、神様!?」

「吸血鬼の誘惑どくよ。大丈夫、少し意識を失うだけだから」

「まさか飲み物に!? 神様、神様、しっかりしてください!」


 ゆうは慌てて宗へと駆け寄り、肩を揺さぶった。宗は意識が朦朧としているのか、うつろな目を彷徨わせ、何か呟こうと口を動かしている。

 声にならない声を聞き取ろうと、ゆうは必死に宗へと耳を近づけた。


「ゆ、う……。すごい。これが、毒……」

「だから何でちょっと嬉しそうなんですか神様――!!」


 ゆうがそう叫んだところで。

 パチンという指の音が響き、ゆうの意識も途切れてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る