第21話 ろじうらのたたかい

 ツチブタに似た魔物は、古代のサイコロに当たる投げ棒を鼻で押して転がして、円形の盤の上の駒を口でくわえて前に進めました。

 同じ古代のゲームでも、セネトは一対一ですが、メネンはもっと大勢でもプレイできます。

 ツタンカーメンとセティと魔物は、文字通りにゲームをしていました。


 すっかり日の暮れた時刻、街灯もない時代の路地に座り込んで、です。

 ツタンカーメンが光の扉で墓所から持ってきた、ランプの明かりだけを頼りに、です。



「やったぞ! ボクの勝ちだ!」

 セティがツタンカーメンからイチジクのパンを取り上げて手もとに置きました。

「ちぇー」

 ツタンカーメンは新しくハチミツ入りのパンを取り出して、二戦目を開始しました。



 次の勝者はツチブタの魔物。

 魔物はその場でパンを食べてしまいました。


「なあ……こいつ、悪霊だよな? セトの眷属の」

「そーだよ。地獄から呼び出したんだ」

「どうやって?」


 セティは生きている人間です。

 本来なら悪霊なんて、目で見ることすらできないはずです。


「セト神さまが力を貸してくれたんだ」

「……何故?」

「……なぜって?」

「セトの目的は?」

「ボクをファラオにすることだよ。セト神さまにちなんだ名前の子どもをファラオにすえて、セト神さまの時代を作るんだ。だから手始めに、何でもいいからファラオと勝負して打ち負かしてこいって」


「セティってのは本名なのか?」

「うん」

「名前をつけたのはパパとママか?」

「うん」

「パパとママは、邪神崇拝者なのか?」

「?」


 言葉が難しかったみたいです。


「パパとママは、セトのことが大好きなのか?」

「ううん」

「じゃあ、どうしておまえにセティなんて名前を?」

「体が丈夫になりますようにって」


 拍子抜け。

 だけどそんなに珍しいことではありません。

 危険な存在の邪神セトも、強いことだけは間違いないので、性格と切り離して力だけを称える人も居るのです。


「でもボク、他の子よりも走るの遅いし、ケンカも弱いし、背も低いし」

「走るの好きか?」

「キライ」

「ケンカは?」

「キライ」

「おれもだ」

「ファラオがそれじゃダメだよー」

「いーんだよ、ファラオなんだから」

「えー?」

「ゲームは好きか?」

「大好き!」


 三戦目はセティの勝利です。

 ツタンカーメンは四つ目のパンを取り出しました。



「セト神とはどうやって知り合ったんだ?」

「あのね、最初にね、夢にこの子が出てきたの」

 セティはツチブタの魔物を示しました。


「それでボク、この子の絵を描いたの。ボクね、絵を描くのが好きなの。

 でもその絵を大人に見せたらすっごく怒られて、もう描くなって言われたの」



 古代エジプトの遺物には、とてもたくさんの魔除けの品、お守りの品があります。

 けれど、それによって退けられる魔物そのものについての記録はほとんどありません。


 古代エジプトの人々は、絵や文字には力が宿ると考えています。

 だから魔物の姿を絵や文字にして残してしまうと、魔物そのものがずっと未来まで生き残ってしまうと考えられていたのです。


 セティが怒られたのはそのためです。



「でもね、その日の夜にね、セト神さまが夢に出てきたの。それでね、魔物を絵の外に連れ出す力を授けてくれたんだ」


「…………」


 ツタンカーメンは、邪神と関るのは危険だ、と、言おうとして、やめました。

 ここでそれを言っても、ツタンカーメンが望む結果には繋がりません。


 セティは洗脳されているわけではありませんでした。

 ただ、子どもだから、構ってくれた大人セトについていってしまったのです。



「セティはファラオになりたいのか?」

「なりたい!」

「ファラオになったら何をしたい?」

「エジプトを“あんてー”させたい」


 耳が痛いです。

 王さまであるツタンカーメンが急に死んだせいで、エジプトは不安定になったのですから。




 ゲームはセティの二連勝。

 四戦四敗のツタンカーメンは、また新しくパンを出します。


「それじゃあキリがないよ。いったいいくつパンを持っているのさ」

「おれがほしいって言えば、エジプト中の全てのパンを集められるぞ」

「そんなのズルイー! これ以上、増やすのナシー!」

「……いいぜ」


 そこからツタンカーメンは怒涛の三連勝を決めて、ツチブタに食べられた分を除く全てのパンを取り返しました。


「何でー!?」

「ファラオ・パワーだ」


 自信たっぷりにイチジクのパンを胃袋に収めたところで、近所の人がやってきました。

「何だ何だ。こんな時間なのに子どもの声がするなと思ったら大人も一緒か。早く家に帰れや」

 近所の人は、かなりあきれた様子で去っていきました。



「ええと、このツチブタ、名前はあるのか?」

「ツッチー」

「今の人にはツッチーが見えてなかったみたいだな」

「生きてる人間でツッチーの姿を見られるのはボクだけだよ。だから他の子と遊ぶ日はツッチーと遊べないんだ。

 それでね、ボクはツッチーと遊びたいのに、パパもママも他の子と遊ばなくちゃダメって言って怒るの。

 でもセト神さまが、今日だけはどっちか選ばなくてもいいよって」


 セティがゲーム盤を、ツタンカーメンは駒と投げ棒をまとめます。


「セティの家はどこにあるんだ?」

「まだ帰りたくない」

「おまえの家で続きをやるんだよ」

「パパやママにバレたくない」

「んじゃ、広場のほうへ行ってみるかな」


 歩き出します。


「ところでパンは?」

「ツッチーが全部、食べちゃったよ」

「じゃあ次はケーキを出そうかな」

「やったー!」

「おまえはパンがないんだから最初からクフ先輩の心臓をベットな」

「あっ。ツッチー! クフの心臓は?」

 セティに問われて、ツッチーは首をかしげました。


 一行は慌てて先ほどの場所に戻りましたが、そこにクフ王の心臓はなく、そこにはただ、何かわからない動物の足跡だけが残されていました。

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