第11話 ナツメヤシの森で朝食を

 小鳥のさえずりが朝を告げます。

 目覚めたまぶたに、ナツメヤシの木もれ日が優しくそそぎます。


「……ここ……どこだ……?」


 ツタンカーメンの体から、布団代わりにかけられていた木の葉がぱらぱらと落ちました。

 ここは森の中でした。


 昨夜はクレオパトラの豪華なベッドで眠りについたはずなのに。

 日本の昔話ならば、キツネかタヌキに化かされたってなるような格好です。

 けれどエジプトに生息するフェネックギツネは、人を化かす種類ではありません。




 先に起きたクフ王は、包帯を巻き直したりして、身だしなみを整えていました。


ク「寝る子は育つと言うが、お前さんはちと寝すぎじゃぞ」

ツ「お年寄りでもないのに早起きなんかできるわけないじゃないですか。ところでトート神は?」

ク「月からセネトの勝負を申し込まれたらしいぞい。一応はもとの時代のテーベの近くまで運んでくれたが、ワシらをほっぽり出してさっさと行ってしまわれたわい」




 何はともあれ、起きたらまずは、太陽の神さまへのお祈りの時間です。

 生きてる人も、死んでる人も、太陽の神さまに毎朝しっかりお祈りをして、太陽が世界を照らしてくれることへの感謝を伝えます。


 それから朝ごはんを食べます。

 古代エジプトでは、死んでる人もご飯を食べます。




 ツタンカーメンは光の扉で、自分へのお供え物を呼び出そうとしました。

 死後の楽園で暮らすファラオには、生きている神官たちによって、毎日たくさんの食べ物がお供えされることになっているのです。


 ですが……


 ツタンカーメンは目をぱちくりさせました。

「あれ? 光の扉が……」

 現れはしています。

 けれど……


 クフ王も首をかしげます。

「開かんな。いったいぜんたいどうしたんじゃ?」


「何かこう……力がうまく届かないというか……手が滑るような変な感じで……時間移動の影響かな? 扉じゃなくて墓所のほうがふさがれてしまっているような……」

「ふーむ。困ったのう」


 二人のお腹がぐうぅと鳴りました。





 幸い、辺りにはナツメヤシの木がたくさん生えています。

 ツタンカーメンは浮遊して、たわわにった長さ五センチほどの楕円形の実を、両手いっぱいに持てるだけもぎ取りました。


「お待たせー! いろんな硬さのがそろってますよー!」

 ナツメヤシの実は、未来の日本でも“デーツ”という名前で売られています。

 完熟していないものは、ほんのり甘くて、さくさくの歯ごたえ。

 完熟するとグチョッと軟らかくなって、甘みが強くなります。

 どちらもおいしいし、ドライフルーツにしてもおいしいです。



 ツタンカーメンがクフ王のところに戻ってきたところで、しゃららららーん、と、音がしました。


「先輩! それ! ミイラのお腹を違う虫に食われてます!」

「違う違う! 今のはワシの腹の虫ではないぞい!」


 もう一度、しゃららららーん。


「これ、シストラムの音?」

 棒の先に鳴子のようなものをつけた楽器です。


「ワシらの他にも誰かるようじゃの」

 二人は茂みの向こうに目を向けました。




 そちらでもお祈りと朝ごはんが終わったところなのでしょう。

 シストラムの他にも、ハープにリュートに、いくつかの笛。

 不意に止まったり、同じ部分をくり返したり。

 どうやら演奏の練習をしているようです。


 ファラオたちが茂みを掻き分けて覗いてみると、十人ほどの男女混合の楽団が、嘆きの曲を奏でていました。


「あ……」


 ツタンカーメンはこの曲に聞き覚えがありました。


 ドラムの低音が悲しみの深さを語ります。

 角型、船型、三日月型などのハープが祈りをささやきます。


(これ……どこで聞いたんだっけ……)


 シストラムが泣き崩れます。


(やばっ……おれまで涙が……)



 すっかり繊細な気持ちになったツタンカーメンの耳に、ナツメヤシの実をかじる能天気な音が飛び込んできました。


 ツタンカーメンが涙を拭いて顔を上げると、楽団員全員の視線が、クフ王に集まっていました。




「すっ、すみませんっ、お邪魔してしまってっ!」

 クフ王がもぐもぐしている間に、ツタンカーメンが慌てて謝ります。


「やけに辛気臭いメロディーじゃったが、どなたかの葬儀でもあるんですかいのう?」

 クフ王は口を開ける前にナツメヤシの実を飲み込みましたが、謝ろうという気配はありませんでした。


 楽団員が目を丸くします。

「あなたがた、エジプト人なのにご存じないと言うのですか? 今日はファラオさまのお葬式ですよ!」


「何だって!? まさかアイのじーさんの!?」

 と、今度はツタンカーメンが目を剥きました。


「いえいえ、違いますよ。何を言っているんですか?」

「???」

 どうにも話が噛み合いません。



「あたたた。腹が……」

 急にクフ王がしゃがみ込みました。

「大丈夫ですか?」

 ツタンカーメンがクフ王の様子を覗き込みます。

「いいから耳を貸せ」

 クフ王が、急にひそひそ声になりました。



ク「これはもしやトート神が、ワシらを送り返す時代を間違えたのではないのかいの?」

ツ「だとしたら……そうでなくてもですけど……おれたちの正体がバレるのはマズイです」

ク「ここがテーベなのは間違いないんか?」

ツ「さっきナツメヤシの実を取るのに浮遊した際に、王家の谷の入り口の葬祭殿が見えたんで間違いないです。葬祭殿の感じからして、おれの時代から大きくズレてはいないと思います」



 楽団員が心配そうにこちらを見ています。

ク「うむ、腹痛は収まったぞい。ところで今は西暦の何年ですかのう?」

ツ「それ、よその神さまの暦! しかもその神さま、おれらの時代だとまだ生まれてない!」

 楽団員は、ますますキョトンとなりました。

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