第12話 ファラオが来たりて笛を吹く

「実はワシも楽器をやっておりましてのう」

 クフ王は、包帯にはさんでいた、ナーイという笛を取り出しました。


 未来で団体旅行の観光客と出逢った際に、その団体についていたガイドさんがくれた、エジプトを含む北アフリカ地域の民芸品です。


(あやつらが何を言っとるんかはさっぱりわからんかったが、ワシに敬意を表してのみつぎ物じゃろう)


 団体との記念撮影に応じたお礼、と言う発想は、古代の王さまにはありません。




 二十一世紀の笛といっても、あしくき指孔トーンホールを開けた構造は、目の前の楽団員たちが使っている笛はもちろん、クフ王の時代の笛ともほぼ同じです。

 縦笛と横笛の中間の、斜めに構えて息を吹き込みます。

 音色は尺八しゃくはちに似ていますが、笛全体が尺八よりも小さいので、尺八よりも高い音が出ます。


 クフ王が奏でたのは、太陽神ラーを称える楽曲でした。

 プロの楽団員ですら聞きほれるぐらいすばらしい演奏でした。


 楽団員たちが感嘆の声を上げます。

 クフ王はツタンカーメンに向かってニヤリと笑って見せました。


「若僧、お前さんは楽器は?」

「ラッパなら。今はちょっと、持ち出せませんけど……」


 墓所にしまってあるけれど、今は光の扉が使えないので取り出せません。


「僕のスペアでよければ」

 と、楽団員が貸してくれました。



 古代のラッパは、朝顔の花のような形の、金属の筒の二つセットです。

 二つを重ねて、隙間を開けたり縮めたりして、音階を出します。

 ただ鳴らすだけでも難しい楽器を、ツタンカーメンは見事に演奏してみせました。



「ところでお前さんがた」

 クフ王が楽団のみなさんに向き直ります。

「ワシらもファラオの葬列に参加させてはくれんかの? ファラオと聞けば他人事ではないのでの」

 楽団のみなさんは、二人を快く受け入れてくれました。








 ナイル川の東の岸にある王宮から、亡くなったファラオの入った棺を運ぶ、親族や神官や警備の兵士たちの、長い長い葬列が出てきました。

 葬列は都を練り歩いて、都の人々の別れの言葉を受け取ってから、大きな船でナイル川を越えて、西の岸の葬祭殿へやってきます。

 葬祭殿で、神さまの像の前でお祈りなどの儀式をしてから、ファラオの棺は王家の谷のお墓に納められます。



「ピラミッドがないとは不憫ふびんじゃのう」

 西の岸の港で、葬列が来るのを待ちながら、クフ王がツタンカーメンにささやきました。


「王家の谷では、そんなのなくてもいいんですよ」

「お前さんはピラミッドは?」

「……小さい模型なら持ってますけど」

「カッカッカ。素直じゃないのう。やはりお前さんもピラミッドに憧れとるんじゃないか。まあ、今さら何を作ってもワシには勝てんがの。過去にも未来にもワシより偉大なファラオなぞおらぬ。未来の書物にもワシのピラミッドが一番デカく描かれておったわい」

 観光パンフレットのことです。






 ファラオのミイラが入った棺を、ファラオに仕えていた役人たちが運んでいきます。

 ファラオが生きていた時に使っていた黄金の家具なども、死後の世界でも使い続けられるようにと、ミイラと一緒にお墓に納めるために運ばれていきます。


 お供え物の、花輪、フルーツ、大好物のパンなどを運んでいる人も居ます。

 古代エジプト人は、古代ギリシャ人から『あいつらパンばっかり食べてる』とあきれられるぐらいのパン好きです。

 だからお供え物にもパンは欠かせません。


 港から葬祭殿への道で、楽団のみんなと、ツタンカーメンとクフ王も葬列に加わって、それぞれの得意な楽器で悲しみの曲を奏でます。


「ヤバイ。知ってる人がいっぱい居る。しかもおれが知ってる頃の年齢と変わってない」

 ツタンカーメンが冷や汗を垂らしました。

「何と。それではやはりこれは、お前さんの跡を継いだアイとやらの葬儀なのかのう?」

「それはないです。てゆっかそのアイじーちゃんが喪主セムをやってますッ」


 ファラオの喪主セムを務めるのは、その喪主セムの人が次のファラオになるという証です。

 その喪主セムを、ツタンカーメンの次のファラオであるアイが務めているというのは、つまり……


「これ、おれのお葬式です! トート神がタイムスリップからおれたちを戻す先を、一年ぐらい間違えちゃったんですゥ!」

「落ち着け、ツタンカーメンや。あまり騒ぐと目立つぞい」



 ファラオと普段から直接会っているような、位の高い役人たちは、葬列の先頭の辺りに居ます。

 葬列はとても長くて、楽団はずっと後ろのほうに居て、距離があるのでアイたちに気づいてはいません。

 けれど、もしここでツタンカーメンが急に逃げたりしたら、目立ってしまって、きっと見つかってしまうでしょう。



「過去の自分と遭遇したら、時空が狂って世界がバーンってなっちゃいますっ」

「そんな心配せんでも、仮にもファラオの魂じゃぞ。おのれの葬式の間ぐらい、自分の棺のところでおとなしくしとるもんじゃろ。

 ……待て。何故に首を振るのじゃ?」



 ツタンカーメンが示した先では、過去のツタンカーメンの幽霊が、自分の姿が生きている人間には見えないのをいいことに、そこら中をふわふわ飛び回って、役人たちにアッカンベーをして回っていました。



 未来のツタンカーメンは、冥界の長い旅を終えてオシリス神から特別な許可をもらっているので“自分の正体を含む神々の世界の秘密”を生きている人間にバラさないという約束を守ってさえいれば、生きている人間と関ることができます。


 一方、死んではいてもオシリス神にはまだ会っていないツタンカーメンは、生きている人間に姿を見せることも、話をすることもできません。



「いくら相手に見えないからって、アッカンベーはないじゃろうに」

 クフ王が未来カーメンの背中を小突きます。

 未来カーメンはラッパを吹きつつ、体をよじって過去カーメンから顔を背けました。


「そんな必死にならんでも、ファラオがこんな、葬列の隅っこにいるような楽団なんかに寄ってくるわけないじゃろ」


 などとクフ王はタカをくくっていますけれども……

 そこはどちらもツタンカーメンです。


 どうして未来カーメンがラッパを手にしているかといえば、もともとラッパが好きだからです。

 だから当然のように過去カーメンは、楽団でラッパを吹いている人物に、興味を持ってしまいました。



 まさか一年後の自分自身だなんて夢にも思わずに、過去カーメンはふよふよと無防備に未来カーメンに近寄ってきます。

 マズイマズイマズイ!

 未来カーメンの全身から滝のような汗が噴き出しました。




 クフ王が、未来カーメンからラッパをひったくりました。

「え?」

 何をするつもりなのかと未来カーメンがびっくりしているうちに、クフ王は……


 なんと、なんと……


 自分のお尻にラッパを突き刺して、おならで「ぶおおっ!」と盛大な音を鳴らしました。




 周りに居る誰もが、びっくり仰天しています。

「おならだ!」

「臭いぞ!」

 大騒ぎになりました。


 過去カーメンは、目を点にして、くるっとUターンして去っていきました。




「ふぅ。やれやれ」

 クフ王は、大仕事を終えたように胸を張って、額の汗を拭きました。

 だけどもちろんこんなところでおならなんかして、一安心なんてできるわけがありません。


「不届き者め!」

 警備の兵士たちが槍を構えました。



「「わーっ!」」

 兵士たちに追いかけられて、クフ王と未来カーメンは、走り回って転げ回って、衣服を入れるための大きな箱の中に逃げ込みました。

 役人が運んでいる、お墓に納める家具の一つです。


「現れよ、光の扉! どこでもいいから繋がってくれ!」

 未来カーメンが霊力を振り絞ります。


 兵士たちが衣装箱を開けた時には、二人はそこには居なくなっていました。

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