第13話 ファラオをピラミッドにつれてって

 光の扉を通り抜けて、クフ王は硬い床にしりもちをつきました。

 兵士が追ってくる前にと、ツタンカーメンは急いで光の扉を閉じました。

 光の扉が消えると、辺りは真っ暗闇になりました。


「ここはどこじゃ?」

「わかりません」

「時間移動は?」

「してないはずです」

「夜になったわけではないのじゃな?」

「違うと思います。星が見えませんから」

「ふむ……」


 クフ王はしりもちをついた格好のまま、手を伸ばして辺りの様子を探りました。

「む?」

 クフ王の指先が何かに触れました。


 石材。

 壁のようです。

 古代エジプトでは、王宮も民家もだいたいは日干し煉瓦で建てられていますが、ここの壁は日干し煉瓦よりもずっと丈夫で長持ちな花崗岩でした。


(神殿か、あるいは墓か……)


「せんぱーい! 何か変な感じですー! ここの壁、すり抜けられないわけじゃないんですけど、妙な抵抗があるっていうかー……」

「霊的な壁が張られておるのかもしれんのう」

「そうみたいですー! 天井を調べてみますー!」


 体を浮遊させて、ツタンカーメンの声が上のほうへ移動します。


「天井、結構、高いですー。見えないからハッキリとはわかんないけど、普通の家の高さじゃないですー。ちょっと向こう側、覗いてきますねー」

「うむー。気をつけて行くのじゃぞー」




 その直後、クフ王は、自分が触っている壁が、何かおかしいなと気がつきました。


(何じゃ、こりゃ? 壁の上の縁か? そうだとしたら、やけに低い壁じゃのう。ワシの腰ぐらい……よりは上じゃな。ワシの腹ぐらいの高さしかないぞ。

 いや待て、これは壁ではないな……)


 ひざで床を這いながら、クフ王はそれの大きさ、形を確かめていきました。


(風呂桶のような……いやいや、これは……)


 腕を伸ばして、中を探ります。


(何ということじゃ! これはワシの石棺じゃ! ここはワシのピラミッドではないか!)


 石棺の中では、クフ王がタイムスリップをする前、一年前のクフ王のミイラがスヤスヤと眠っていました。


(ははーん。さてはツタンカーメンめ、ワシのピラミッドに憧れるばかりに、無意識にここに飛んでしまいおったんじゃな)


 楽団の練習の合間に、自慢話を散々聞かされたせいです。


(それにしても参ったのう。ワシゃテーベに行きたいのに、ピラミッドに連れ帰ったと気づいたら、あやつめ、面倒くさがって旅を終わりにしかねぬぞい)




 それからすぐにツタンカーメンが戻ってきました。


「ナンか怖かったですーっ」

「何がじゃ?」

「天井がですね、天井をすり抜けたと思ったのに、また天井なんですよー。

 低い天井がいくつも重なってて、あんまりにも同じのが続くから、もしかしてこれ、このまま無限に果てしなく続いてくんじゃないかみたいに思っちゃって、それで戻ってきたんですー」

「怖がりじゃのう。さすがに無限にではないぞい」



 クフ王の石棺がある玄室の天井は、未来では“重力軽減の間”と呼ばれています。

 これは、重い石のブロックをたくさん重ねて造られているピラミッドが、自分の重さでつぶれないようにするための隙間だとされています。



「あまりウロチョロすると、とんでもない罠が仕かけられておるかもしれんぞぉい」

 とか言って、クフ王はツタンカーメンを脅かしました。

 だってもしもツタンカーメンにピラミッドの外に出られたら、ここがどこか一発でバレてしまうのですから。


「うううー。光の扉も出てきてくれないですー。さっきは使えたのにー」

「やはりここには特別な力があるようじゃのう」


 世に言うピラミッド・パワーです。

 ピラミッドには不思議な力が秘められているのです。


「どうしましょー?」

「どうしようもないのう」


 そんなやり取りをしているところに……



 ……ウウウウウ……



「先輩! 今の聞こえました!? どこからか唸り声が……」

「風の音じゃろ。通気孔があるんじゃ」

「ああ。なら少なくとも窒息死する心配はないですね」

「案ずるな。ワシらはすでに死んでおる」



 ……ウウウウウ……



「これやっぱり唸り声だ! さっきと違うとこから聞こえた!」

「通気孔は二つあるんじゃ」

「……通気孔なら外に通じてますよね? おれたちが通れるだけの幅があれば……」

「毒蛇が潜んでおるかもしれんな」

「うううううううー」


 ツタンカーメンの様子に、クフ王はニヤニヤしています。

 辺りは真っ暗闇なので、笑ってもツタンカーメンにはバレません。


 けれどクフ王も、このままずっとこの場所でこうしていたいわけではありません。


「ここはいったん、冥界に戻って出直してみるかの」

「どうやってです?」

「神に祈るんじゃ」


 クフ王は、何もない空間に向けて両手をかかげました。


 儀式の始めは、太陽神ラーへの賛美の歌。

 それから大地の神ゲブに呼びかけて、秘密の門を開いてくれるように願います。


 辺りが光に包まれて、次の瞬間、二人は、死後の世界の一番奥にある“アアルの野”に立っていました。





 咲き乱れる花々。

 地上の何倍もの大きさに育った麦や野菜。

 白壁の輝く神々の宮殿。

 アアルの野は、古代エジプト人が考える幸せの全てが詰まった、究極の楽園です。




「ちょっと、つーたん! 何であなたがピラミッドから出てくるのよ?」

「あらあらまあまあ、王家の谷についたばかりだと思ってましたのに。まだ歓迎の宴の準備ができていませんわ」

 そっくり姉妹のイシス女神とネフティス女神が、目を丸くして駆け寄ってきました。


「あー、おれはそっちのおれとは一年ほど時間がズレてまして……って、ピラミッドから!?」

 ツタンカーメンが慌ててクフ王に向き直ります。


「うむ。さっきの場所はギザの地にあるワシのピラミッドの中じゃ。あれぐらい神聖な場所でなければ、ミイラごと通れるような冥界の門を開いてくれなど、神にやすやすとは頼めん」


「何でそこだって言ってくれなかったんですかっ?」

「もっとピラミッドを堪能したかったかえ?」

「じゃなくてそこがゴールだったのにっ!」

「まだワシの目的を遂げておらん」

「観光ならたっぷりやったでしょう!!」

「違ーう!! ワシの旅の目的は、今現在のファラオの働き振りを見ることじゃ!!」

「そうでしたっけ?」

「忘れるでない」

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