第14話 部屋と包帯とファラオ
「トート神ならすぐに戻ってくるわよ。それまでお部屋のお片づけでもしてなさい」
イシス女神が宮殿のほうを示しました。
「つーたんってば、ゲームとかアイドルグッズとか山ほど持ち込んじゃって、引っ越しの荷物を解くの大変なんだから」
王家の谷の墓所に納められた、セネトなどのボードゲームや、神々の
「トート神、月とのセネトがまだ終わらないんですか?」
「いつの時代の話よ? つーたんのお引っ越しのための書類の準備をしているのよ」
アアルの野には、ツタンカーメンが暮らし慣れた王宮にそっくりな、壮麗な宮殿がそびえています。
そこではツタンカーメンのご先祖さまたちが、それぞれにそっくりな
さまざまな模様が描かれた、いくつもの衣装箱に宝石箱。
筆記用具やランプや火起こし棒のような日用品。
黄金の玉座に、儀式用の椅子に、普段使う普通の椅子。
他にもいろいろなものがいっぱいでごった返しています。
「なかなか立派な
クフ王が尋ねましたが、返事がありませんでした。
ツタンカーメンはいつの間にか居なくなっていました。
クフ王の目の前を、金箔で飾られた黒檀のベッドが通り過ぎていきます。
運ばれているそのベッドで、ツタンカーメンが揺れも気にせず眠っていました。
クフ王はツタンカーメンをたたき起こしました。
「お前さんの
「どこかの箱に入ってるんじゃないんですかね?」
「さっさと呼び出せい」
「呼んだけど出てきてくれなかったんですよぉ」
ツタンカーメンは、ふああ、と、あくびを噛みつぶしました。
「過去の墓所に張られてる
「お前さんの力がなくなったとかではないのじゃな?」
「ピラミッドへの
……うん。できますね」
ツタンカーメンは空中でくるりんぱっとしてニワトリに変身して見せました。
「コッケコッコーッ!」
「ぴゃあ!?」
がしゃーっん!
急にやったせいで、近くに居た誰かの
「こらーッ! うちの孫の荷物に何てことをするかッ!」
「わーっ! 待て待て! そやつは……!」
クフ王が慌てて窓に駆け寄ると、ツタンカーメンはもとの姿に戻って、木の枝に引っかかってジタバタしていました。
クフ王はおじいさんのほうを振り返りました。
(うちの孫と言っておったな)
アメンホテプ三世。
さまざまな神さまをバランス良く崇めてエジプトを豊かにした、評判の良い王さまです。
(その孫を自分で放り出したわけなのじゃが……まあ……感動の再会はそれなりの時にしたほうが良いじゃろう)
それはさておき、あいさつぐらいはしておこうと、クフ王が歩み出た瞬間……
「きゃー!」
「きゃー!」
「きゃー!」
クフ王の包帯に引っかかって、アメンホテプ三世の
「こらこらこらーッ!!」
アメンホテプ三世は、クフ王の包帯の襟の辺りを掴んで、クフ王を宮殿から放り出しました。
さすがにこちらは窓からではなく、裏口からでしたが。
宮殿の庭で、ツタンカーメンとクフ王が困って顔を見合わせていると、ネフティス女神がやってきました。
「あらあら、まあまあ。うーん、それじゃあ、つーたんを歓迎するためのワイン作りのお手伝いをお願いしてみようかしら?」
ネフティス女神は二人をブドウ畑に案内しました。
「おれを歓迎するお酒をおれが作るんですか?」
ツタンカーメンが首をかしげます。
「きっとおいしくできるわよ」
「お供え物のお酒だけじゃダメなの?」
「いくらあったって多すぎるってことはないわ。何たってファラオの歓迎会ですもの」
「ナンか納得できないですーっ」
そう言いつつも、ブドウの収穫は楽しいです。
広い広いブドウ畑を、きゃっきゃと楽しげに飛び回っていたツタンカーメンでしたが……
いきなり墜落しました。
「つーたん!?」
「何じゃ何じゃっ? まだ酒になっておらんのに酔ったんかっ?」
ネフティス女神とクフ王が、ツタンカーメンに駆け寄ります。
「……眠っているわ」
「何じゃい。はしゃぎ過ぎて疲れたんかい」
「
ミイラごと移動する古王国時代のクフ王と違って、新王国時代のツタンカーメンは
ですがツタンカーメンはかれこれ二日もミイラで眠れておらず、いわば充電ができていない状態になってしまっているのです。
「女神さまの力で何とかなりませんかのう?」
「時間の壁を越えた状態のつーたんに、王墓に張られた
となると王墓のそばまで行って、手動で入り口を開けることになりますけれど、その間に警備兵に見つかったりしたら……」
「いざという時はワシが囮になりましょう」
「いいの? 危ないかもしれないけど、本当に大丈夫?」
「こやつをこのままにはしておけませぬ。なぁに、ワシとて歴戦のファラオですじゃ。そこらの兵士に遅れは取りませぬぞ」
「じゃ、お願いするわね! えいっ!」
三人が光に包まれます。
次の瞬間、クフ王の鼻先に、王家の谷の警備兵の顔が現れました。
「くせ者ーーーッ!!」
警備兵が叫びました。
「ままま待たれよ女神さま! ワシゃ、いざという時の囮と言うたのであって、この老体で正面切って戦うなどとは一言も……っ!」
だけどネフティス女神の姿はどこにも見えません。
警備兵たちが剣を抜きます。
「ええい、お前ら! お前らの王の顔を忘れたか!」
と、クフ王はツタンカーメンを兵士たちに見せようとしましたが、ツタンカーメンもここには居ませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます