第15話 かみかみパニック

 逃げようとしたクフ王は、走り出してすぐに、砂利の山にぶつかりました。

 ツタンカーメンの王墓の入り口を隠すためのものです。

 王墓の扉が開けられた形跡はありません。


(ツタンカーメンはどこへ行きよったんじゃ!?)


 今の状況でなければ、ふざけて隠れているのかと思うところですが……


(嫌な予感がするぞい。ネフティス女神がついているのに、まさかバーが消えてしまったということもあるまいが……!)



 警備兵がクフ王を取り囲みました。

 四角い顔の兵士と丸い顔の兵士の二人組みです。


 角顔の警備兵の手が、クフ王の包帯を掴みました。


「はっ、放せ! ワシを誰と心得るか!?」

「何者か白状してもらおう!」


 グイッと包帯を引っ張ります。


「あ~~~れ~~~っ!!」

 クフ王の体が独楽こまのようにクルクル回って、包帯が解けていきます。


「おい! マズイぞ! このままでは中身が見える!」

 丸顔の警備兵が叫びました。


 角顔の警備兵はハッとしましたが、間に合いませんでした。

 ミイラの包帯の、胸がほどけ、おなかが解け、そのまま下へ……


「いやあぁーーーん!!」

 クフ王の股間の包帯が解けて丸出しになりました。


 警備兵たちは思わず目を塞ぎました。

 次に警備兵たちが目を開けた時には、クフ王の姿は煙のように消えていました。





「ここはどこですじゃ?」

「ツタンカーメンの王墓の中だ。ちなみに時間も移動した。お前たちの在るべき時に戻ってきている」


 クフ王の問いに、トート神が答えます。

 ネフティス女神が指に口を当てて、しーっとしました。


 数々の財宝が、ところせましと詰め込まれた、墓所の中。

 黄金の棺からは、静かな寝息が漏れていました。



「では、わたくしたちはこれで」

「ツタンカーメンを頼んだぞ」


 ネフティス女神とトート神は、空間転移ワープで去っていきました。

 クフ王は、棺の置かれた玄室を出て、前室に収められた黄金のベッドに横たわりました。

 今日はもう疲れました。






 次の朝。

 目を覚ましたツタンカーメンに、クフ王が事情を説明しようとしたけれど、お互いに寝ぼけていたので要領を得なくて、ツタンカーメンは自分が丸一年も眠り続けたのかと勘違いして、軽くパニックになってしまいました。


「じゃあクフ先輩がおれを助けてくれたの?」

「テーベへの通り道だっただけじゃわーい」


 何はともあれ元気になって王墓の外へ……

 出た途端、去年と同じ警備兵と鉢合わせしました。




 逃げ回って走り回って、ツタンカーメンとクフ王は、ナイルの川辺に追い詰められてしまいました。

 水面ではワニがウヨウヨしています。


「開け、光の扉! 出でよ、我が船よ!」


 ツタンカーメンの呼び声に、方解石アラバスターという、大理石に似た白い石で作られた、模型の船が現れました。

 小さな模型はみるみる膨らんで、人間が乗れるほどの大きさになっていきます。

 ファラオたちが甲板に飛び乗ると、船体は川岸の泥を滑り降りて、ナイルの川面に進水しました。



 しぶきを浴びて、ワニが身を引きます。

 警備兵たちは離れた場所にある船着場へと走っていきます。


「こんな良い物があるなら何故さっさと使わんかったのじゃ?」

「船の素材を石から木に変える術をまだ練習中で」

「うむ?」

「今回はうまくいったかなーと……思ったんだけど……やっぱダメだったみたいっ」


 石の船はドブンと沈み、あっという間にワニに囲まれてしまいました。


「ぎょえーっ! 食べるでなーいっ!」

「食べないわにーっ!」


 なんとワニの群れは、ワニの神のセベク神に率いられていました。

 ワニたちは二人のファラオを背中に乗せて、ナイル川の東岸、テーベの都のそばまで運んでくれました。




 お礼を言って、ワニたちと別れます。

 だけどミイラが濡れてしまいました。


「こんな時は……」

 ツタンカーメンは空に向かって手をメガホンにしました。

「アテンしーーーーーん!!」

「はあーーーーーーい!!」


 空から太陽が降ってきました。

 いえ……太陽そのもののような姿の神が舞い降りました!


 太陽神アテン。


 古代エジプトの神さまのほとんどは、人間にそっくりか、人間の体に動物の頭がついた格好をしています。

 けれどアテン神の外見は、人間とはかけ離れています。

 太陽を表す円盤状の頭部から、無数の光の触手が生えているのです。


 大きさは、神さまなので自由に変えられて、今は人の背丈ほどになっていました。


 クフ王が口をあんぐり開けました。

「ワシがちょっとピラミッドに引きこもっとる間に、こんなけったいな神が出てきよったんか!?」

「あ、やっぱクフ先輩の時代には居なかったんだ」

「少なくとも奉られとるのを見たことはないぞい」

 とはいえやっぱり神さまなので、人類が誕生するよりも前から存在していた可能性はあります。


「うふふ~、よろしくね~っ! クフちゃんを乾かせばいいんだよね~?」

 アテン神は触手をクルクルと回転させ始めました。


 ふわあああ。

 扇風機のように風が起こります。


 あんまり急いで乾かすと、ミイラにひびが入る恐れがあります。

 でもアテン神は、その辺はしっかりと心得ていて、ふんわり優しくゆっくりと水分を飛ばしていきました。



「はーい、おっしま~い! じゃ、またね~!」

 アテン神は触手をぶんぶん振って飛び去りました。


「何じゃ、もう終わりかいの? いやはやあれは何ものにも例えがたい心地良さじゃ。ワシゃもうすっかりアテン神の信者だぞい」

「気をつけてくださいよ先輩。おれの父上はアテン神にハマり過ぎて、他の神々をないがしろにしてエジプトを崩壊させかけたんですから」


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