第27話 世界の始まりでナンか叫んでる
世界の始まり。
果てしない宇宙の真ん中で、アトゥム神が何もない空中へと右手を差し伸べます。
この世界は、誰がどうやって創ったのか。
世界中のさまざまな国で、さまざまな神話が伝えられています。
古代エジプトでは、一つの国の中であっても、何種類もの創造神話が、地方ごとに別々に語られています。
八柱神はヘルモポリスの都、プタハ神はメンフィスの都。
ツタンカーメンが、今、居るのは、ヘリオポリスの都で奉られるアトゥム神の創造神話の世界です。
これは、乾いた空気の神さまであるシュウと、湿った空気の女神さまのテフネトが生まれるシーンです。
(まさかまたクフ先輩が出てくるんじゃないよねっ?)
そうしたらまた神さまに怒られてしまいます。
ツタンカーメンは不安げに辺りを見回しました。
さっき一緒に飛ばされたのに、気がついた時にはまたまたクフ王とはぐれてしまっていました。
アトゥム神は右手を差し伸べたまま沈黙しています。
掌からは誰も出てきません。
神々も、クフ王も、誰も。
アトゥム神は手をぶんぶんと振り回しました。
ポンッ!
アトゥム神の全身が、白い煙に包まれました。
「ええっ!?」
いったい何が起きたのでしょう?
駆け寄って助けたほうがいいのか、さっさと逃げたほうがいいのか。
ツタンカーメンが迷っている間に、煙が晴れます。
「おおっと、変身魔法が解けてしまったわい」
アトゥム神が居たはずのそこには、クフ王の姿がありました。
プタハ神の世界で解けた包帯は、しっかり巻き直されていました。
次の瞬間、本物のアトゥム神が空から降ってきてクフ王を踏み潰しました。
「えええええっ!?」
ツタンカーメンが、驚いて思わず叫びます。
アトゥム神は、クフ王を踏み潰しながら同時に足もとに光の扉を作り出すという離れ業で、クフ王をさらなる別世界へと押し出しました。
「せんぱぁい!!」
ツタンカーメンは慌てて追いかけようとして、途中で転んで、光の扉に頭から突っ込んでしまいました。
クヌム神の創造神話の世界は、これまでのとは打って変わって、こぢんまりした工房でした。
(……本当にあんなツノなんだ)
工房の隅にちょこんと座ったツタンカーメンの視線の先で、ろくろに向かって黙々と作業に
その頭部は、ツタンカーメンの時代にはすでに絶滅している、古い種類の羊です。
一般に見られる羊のツノは、くるくると巻いた形をしているけれど、クヌム神のツノは横にまっすぐに伸びていました。
ろくろから世界が創られて、神々が生まれ、人間が生まれます。
ろくろがピカッと光を放ち、中からクフ王が飛び出してきました。
「もう驚いてなんてあげないですよ」
ツタンカーメンはプクッとほほを膨らませました。
「これは間違いじゃないぞい。ワシらファラオだってクヌム神のろくろで創られとるんじゃからな。
それにほれ、クヌム神に心臓を作り直してもろうたぞい。おかげで最高に調子が良いぞい」
クフ王は親指で自分の胸を示したけれど、包帯の上から見ただけでは、どうなっているのかツタンカーメンにはわかりませんでした。
工房の外に出てみると、生まれたばかりの太陽神ラーが、空高くで輝いていました。
クヌム神の創造神話の世界では、太陽もろくろで創られています。
「ねえ先輩。太陽が生まれるシーンが神話によって違うんですけど、どれが本当なんでしょう?」
ラー神は声が届かないぐらい遠くに浮いているので、ツタンカーメンは隣に居るクフ王に訊いてみました。
「全て真実じゃよ。太陽は日ごとに生まれ、夜ごと死に、生まれ変わりをくり返すんじゃ」
「んー? じゃあ、一番最初はどれだったんです?」
「前に訊いたらラーさまご自身も覚えておらぬとおっしゃっとったぞい」
工房の庭の、開けた場所で、ツタンカーメンが両手を構えます。
さっき行ったばかりの八柱神の世界に戻ればトート神が居るから、もとの時代に安全に送り届けてもらえるはずです。
だけど今度は素で失敗して、また別の世界に出てしまいました。
「ここは……?」
「どうやら時空の狭間のようじゃな」
空も地面もない真っ白な空間の中を、文字が舞っています。
紙に書いた文字を刃物で切り取ったように、文字そのものがひらりひらりと。
群れを成してたゆたって、空気の中に神話をつづっています。
その神話の文字列を、ハピ神が
ある世界では、アトゥム神のひ孫に当たるセト神と、セト神の甥のホルス神が、どちらが地上の王にふさわしいか選ぶようにラー神に迫って……
同じ時期、地上では人間が、ナイル川の上流の地域に住んでいる人と、下流の地域に住んでいる人で分かれて争っています。
ある世界では、八柱神が冬眠している場所の土を、プタハ神が掘り起こして、クヌム神のろくろにぶち込んでいます。
ハピ神は、ナイル川の源流に住まうとされる、二人組みの神さまです。
ナイル川の水を現す青い肌をしていて、二人とも、男性のあごひげと女性の胸の両方があります。
男女コンビではなくて、一人で二つの性別を持つ神さまの二人組みです。
ハピ神が、各地の神話を二人で束ね、ナイル川の上流に住む人々と下流に住む人々を束ねて、エジプトはだんだんと一つになっていきました。
宙を舞う文字の一つが、ひらひらとファラオたちに寄ってきて話しかけてきました。
「なんだ、なかなか戻らないと思ったら、こんなところに居たのか」
旗竿の上に止まったアフリカクロトキの象形文字。
トート神を表す
ただの文字ですが、本当のトート神と繋がっているようです。
トート神の文字に呼ばれて、光を表す線の形の文字と、扉を表す四角の形の文字がやってきました。
二つの文字がぐるぐる回ると、光の扉が現れました。
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