第28話 千年クッキング
夕日が沈みます。
古代エジプトでは、人間はナイル川のほとりに住みます。
ですがツタンカーメンたちが光の扉を抜けた先には、ナイル川はありませんでした。
自分とクフ王の他には誰も居ない岩山に放り出されても、ツタンカーメンは泣きませんでした。
だってファラオですから。
ファラオは泣いちゃダメですから。
ファラオは泣き言を言うのもダメなんですから。
ク「何じゃ何じゃ、ここはいつじゃ? ワシはどこじゃ? なぁんでこうなるんじゃぁい~っ!」
ツ「アンタのせいだーーー!! 光の扉を通る時に、おならなんかしたからだーーー!!」
ファラオのあり方はそれぞれです。
それでもツタンカーメンは、自分のファラオ道を捨てて嘆きに身を任せたりはしませんでした。
試しにツタンカーメンは、光の扉を呼び出してみました。
「これでは光の扉ではなく、光の小窓じゃのう」
クフ王が横から文句ばっかり言います。
「王家の谷まで遠くって、
こんなに小さな扉では、体を通すのは無理です。
ツタンカーメンがおそるおそる腕だけ突っ込んでみると、お供え物のパンを取り出すことができました。
ク「たしかタイムスリップして、もとの時間と違う時間に行くと、光の扉を王墓と繋げられなくなるんじゃったな?」
ツ「はい。だからここは、もとの時代で間違いないと思います」
とりあえず、今夜はここで野宿します。
光の窓から取り出した黄金のマスクをお鍋の代わりに使います。
料理をすると決めてしまえば、ツタンカーメンの切り替えは早いです。
お供え物の羊肉やヒヨコマメを、クフ王が持ってきたタマネギと一緒にして煮込みます。
テーベの一件で、心臓の代わりにミイラの胸に入れていた、アヌビス神が見繕った最高級のタマネギです。
「近頃のファラオはやるものじゃのう」
クフ王が、手伝うでもなく覗き込みます。
「幽霊になってから、あちこち見て回って覚えたんです」
「生前は?」
「王宮に仕えている専門の料理職人に任せていました」
出来上がったスープは、王宮の調理師の味に慣れてしまっていると物足りないもののはずですが、素材はいいですし、何よりキャンプで自分で作ったのだからとてもおいしく感じられました。
料理はうまくいきました。
けれど野宿についてはツタンカーメンもクフ王もあんまりわかっていませんでした。
寝ているところに物音が響いて、ツタンカーメンが目を覚ますと、立派なたてがみを持つ大きなライオンが、前足のツメでお鍋をつついていました。
お鍋に残ったお肉のにおいが気になっているようです。
「タマネギが入ってるからダメ! 猫科の動物には毒だから! 鍋を舐めるだけでもダメ!」
叫び、ツタンカーメンはお鍋を掴んで、クフ王が急いで開いた光の扉に放り込みました。
ほっと一安心。
だけどライオンには、ファラオたちがどうしてそんなことをしたのかなんて、伝わるわけもありません。
ライオンは低い唸り声を上げて、ツタンカーメンとクフ王に詰め寄ってきました。
「あ……やばいかも……」
「くっ、やむをえんわい……戦え! ツタンカーメン!」
「何でおれ!?」
「お前さんもファラオなんじゃからライオン狩りぐらいできるじゃろ!?」
「武器も従者もナシじゃあムリです!!」
ライオンがクフ王をペロリと舐めました。
防腐剤が苦かったようで、ぺっぺっと吐き出しました。
クフ王はへなへなとへたり込みました。
続いてライオンは、ツタンカーメンのにおいを嗅ぎ始めました。
「うううっ」
猫は好きです。
ライオンも、ライオンの姿の神の像とかなら好きです。
でも本物のライオンはダメです。
ツタンカーメンは幽霊の力でパッと透明になって逃げ出しました。
けれどライオンはにおいをたどって追ってきました。
ツタンカーメンが逃げた先には……
追ってきている大きなライオンよりも、もっと大きな……
ありえないほど巨大なライオンが待ち構えていました。
「ひゃ!?」
ツタンカーメンは二頭のライオンにはさまれてしまいました。
「うわっ! うわっ! うわっ!」
良く見ると、巨大なほうのライオンは、石でできた彫刻でした。
まだ作りかけなので魂は宿っていません。
どうやらここは、建設中の神殿のようです。
(こんなのを作ってるなんて聞いてない。ファラオのおれが知らないってことは……やっぱりここはエジプトじゃないんだ! それじゃあ、いったいどこなんだ?)
ハッと我に返った時には、本物のほうのライオンが、ツタンカーメンのすぐそばまで迫っていました。
本物のほうのライオンが牙を剥きます。
ツタンカーメンが息を呑んだその時……
像のほうのライオンの目が光りました。
ライオン像が高らかに吼えました。
ライオン像の口から砂嵐が吹き出します。
本物のほうのライオンは驚いて慌てて逃げ去りました。
ライオン像の後ろからクフ王が出てきて、ツタンカーメンはやっと仕組みに気がつきました。
像の目が光ったのは、小さな光の扉を二つ発生させたから。
口から砂嵐を吐いたのは、口の中に呼び出した光の扉を砂漠と繋げていたのです。
「こんな使い方があったなんて……クフ先輩ってば、光の扉の開け方は、ちょっと前に覚えたばっかりなのに……」
ツタンカーメンは目を丸くしました。
「年寄りなのに飲み込みが早いのはおかしいか?」
「はい」
「馬鹿正直め。年寄りだからこそじゃよ。過去の経験が生きておるからこそ、新しいことを始める意味があるんじゃ。
年だからできぬとぬかすやつは、若い頃から大したことはしとらん。
……若い頃にな、砂嵐の被害を抑えてくれと神の像に祈っても、応えてもらえんかったことがあってな。
その時に自分がしてほしかったことを、ちょいとアレンジしてみたんじゃ」
「ちょいと?」
クフ王がどんな願いを祈っていたのか、ツタンカーメンにはいまいち想像できませんでした。
「この作りかけのライオン像については、以前、トート神から聞いた覚えがあるぞ。ここは隣国ヒッタイトのアインダラ神殿だぞい」
「えええ!?」
クフ王の言葉にツタンカーメンは、脅えた顔で辺りを見回しました。
ツタンカーメンの時代のエジプトにとって、ヒッタイト王国は長年の宿敵なのです。
「トート神の述べられるところによれば、のちのファラオのラムセス二世が、エジプトとヒッタイトの間に、世界初の平和条約なるものを結ぶのだそうじゃ」
「ラムセス二世って、未来で見てきた、アブシンベル神殿を建てた人?」
「ん? おお、そうじゃそうじゃ。そういえばそうじゃった」
「じゃあそのラムセス二世は、このライオン像の完成した姿を見られるんですね!」
ツタンカーメンは目をきらきらさせました。
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