第29話 エジプト横断ウルトラバトル

「おおーい! 迎えに来たぞ!」

 声がして振り向くと、筋骨たくましいアメン神が、岩山のほうから走ってきていました。

 八柱神のカエル頭の神さまではなくて、羽飾りをつけているテーベのほうのアメン神です。

「見事な隠れっぷりだ。先ほどの光がなければ気づかず通り過ぎるところだったぞ」


ツ「光?」

ク「目のキラキラじゃろ」

ツ「おれの目?」

ク「ライオン像のじゃい」


 別にアメン神から隠れていたわけではないし、むしろアメン神にはもっと早く見つけてほしかったのですけれど、不可視の名を持つアメン神は、かくれんぼをおもしろがっているようでした。




 異国の地、異郷の神が治める土地では、アメン神が開いてもどうしても、光の扉の力は弱くなってしまいます。

 なので短い距離での空間移動をくり返してエジプトへ向かいます。


 山を越え谷を越え、荒地を越えて、砂浜に出ます。

 砂漠ではなくて砂浜。ビーチ。

 目の前の紅海を越えればエジプトですが、光の扉で飛ぶのにはちょっと遠すぎました。


ツ「アメン神、あれやって! 紅海割り!」

ア「コラ! どこでそんな言葉を覚えた!?」

ツ「できないの?」

ア「お魚さんがビックリしちゃうから駄目!」


 ツタンカーメンの王墓から、模型の船を取り出して、霊力カーをそそいで本物の船に変えます。

 前にテーベでやって沈没させてしまったのと同じ方法ですが、今度はアメン神がついているから大丈夫です。


 船はすいすい進んでいきます。

 ツタンカーメンは、伝説に出てくる英雄の冒険のように途中で嵐に遭ったり、異民族の海軍に襲われたり、無人島に漂着したりしたらどうしようと、不安半分、期待半分でドキドキしていましたが、そんなことは一切なく、一行は無事にエジプトの海岸に到着しました。







 背中の側から朝日が射して、海のほうを振り返ると、ちょうど太陽の船がやってくるところでした。

 太陽を載せてエジプトの上空を旅する船です。

 空飛ぶ船にアメン神が呼びかけると、船はツタンカーメンたちの近くに海面に着水しました。


 甲板からケプリ神が顔を出します。

 朝日の神さまの、フンコロガシの神です。


 ケプリ神の外見は、まずは……そう……

 人間の頭ぐらいの大きさの、フンコロガシの人形を想像してください。

 頭もお尻も足もある、全身の人形です。

 その中身をくりぬいてマスクにして、すっぽりかぶった感じです。


 フンコロガシは神聖な虫です。

 だからケプリ神の姿はとても尊いものなのですが、それでもツタンカーメンは、フンコロガシ頭の外見についついビックリしてしまって、クフ王に叱られたのでした。



 事情を話して太陽の船に乗せてもらって、通り道にあるギザの都へと向かいます。

 アメン神も太陽の船の船員で、昼からはアメン神が舵を取ります。




 太陽が天の頂に届く頃。

 黒と黄色のウロコを持つ大蛇のアポピスが、空を泳いで襲いかかってきました。


 アポピスは、太陽を食べようとする、邪悪なヘビ。

 太陽の船を丸呑みにできるほどに巨大な怪物です。


 もちろん乗船する神々は、大切な太陽を黙って食べさせたりはしません。

 もしも太陽が失われれば、エジプトは昼夜を問わない暗闇に飲み込まれてしまうのですから。


 アポピスを退けるべく、アメン神が不可視の風の刃を打ち出して、ケプリ神は謎の玉を投げつけます。



 アトゥム神が船倉から出てきました。

 アトゥム神は夕日を司る神さまなので、時間が来るまで仮眠していたのです。


 創世神話ではアトゥム神は、その右手から湿気の女神を生み出しています。

 だから湿気そのものを作り出すぐらいは簡単で、ケプリ神が放った玉に、追加でたっぷり湿気を含ませます。

 それは実に威力の高い攻撃でした、アポピスは巨体を器用にくねらせて、ひらりひらりとかわしていきました。


 ケプリ神が弾切れになっている隙に、アポピスが距離を詰めてきます。


 ツタンカーメンも光の扉で王墓から弓矢を呼び出して応戦します。

 矢はアポピスに見事に命中。

 ですがウロコで弾き返されてしまって、まったく歯が立ちませんでした。


 アポピスと太陽の船との距離がさらに縮みます。

 シューーーッと吐き出されたよどんだ息が、みんなが居る船尾にかかりました。


 絶体絶命という時に……

「ガハハハハハハハッ!!」

 さらに邪悪な笑い声が、辺りに響き渡ります。

 太陽の船の進行方向に、猛り狂う砂嵐を未来でいうサーフィンのように乗りこなして、邪神セトが浮いていました。



 後ろに大蛇。前に邪神。

 太陽の船は完全にはさまれてしまいました。


 邪神セトが稲妻の槍を投げつけます。

 それの槍は……

 太陽の船の上を飛び越えて、アポピスの胴体を捉えました。


「何で!? 邪神なのに!?」

 ツタンカーメンがあんぐりと口を開けます。


「わかっとらんな、若僧よ。セト神はこちらにおわすアトゥム神様のひ孫じゃぞ?」

 クフ王は肩をすくめました。


「王位争いでホルス神に負けて、砂漠に追放されたんじゃ?」

「エジプトの大半は砂漠じゃぞ? 神々の中では、天空を治める太陽神の次に広大な領地の持ち主じゃぞ?

 それに国境の警備という、危険のともなう重要な仕事を託されておる。

 性格がアレなので王都におけば厄介事を起こすのは必須じゃが、命がけでエジプトを守るだけの力と覚悟があるのは確かじゃし、その点だけは神々も信頼しておるのじゃよ。

 それにな、ホルス神と争っとった頃から、太陽神ラーさまは、太陽の船の護衛として、セト神を高く評価しておったのじゃ」



 セト神がアポピスを一対一で食い止めます。

 船上の神々は、セト神に声援を送りながら、太陽の船を西へと進めました。







 夕暮れ。

 太陽の船は、西の山に着陸します。

 神々はここで、冥界を進むための二隻目の船に乗り換えます。

 地上が夜の間、太陽は冥界を照らしているのです。


 神々に続いて、ツタンカーメンとクフ王も桟橋を渡ります。

「あれ? ギザのピラミッドは?」

 とっくに通り過ぎていました。

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