第5話 そーの舟ーを直していけー

「せ、ん、ぱ、いーっ! 何で勝手に居なくなるんですかーっ!?」

 ナイル川の船着場で、やっとクフ王を見つけて、ツタンカーメンが詰め寄ります。

 が……


「小僧! このワシが困っておるというのに、いったいどこをほっつき歩いておったのじゃ!?」

 何故か逆にツタンカーメンのほうが、クフ王から怒られてしまいました。


「テーベの都に行きたいのに、どの船主もワシの外見が怪しいのなんのと抜かしおって、船に乗せてくれんのじゃ」

「そりゃそうですよ」

 ツタンカーメンはあきれて肩をすくめました。


「ミイラなんて、怪しく見られて当然ですよ。クフ先輩もおれみたいにバーだけになれば、わざわざ船になんか乗らなくたって、どこにでも自由に飛んで行けますよ」

「そんな怪しげなもんはゴメンじゃい」

「怪しくないですゥ! ところで何でテーベへ?」

「言ったじゃろ。現在のファラオに会いにじゃ」

「アイじーちゃんならちゃんと仕事してますよ。だから先輩、もうピラミッドに帰りましょう? 賭けはおれが勝ったんだから」

「いや、ワシのフンコロガシは負けてはおらぬぞ」

「おれのフンコロガシに玉を取られてたでしょ?」

「それによって最初の玉よりも色、艶、香りともに優れたモノを手に入れたのじゃ。むしろあいつのほうが勝ちじゃわい」


 色、艶、香り。

 さすがに二人とも、玉の味の話はしませんでした。


「ワシが勝ったんじゃ。ワシを連れ帰るのはあきらめい」

「そんなぁ!」

「ならばワシのもう一つの願いを聞け」

「……何をさせたいんです?」

「ワシをくぅーちゃんと呼べ」

「何で!?」

「イヤか?」

「イヤです! そんなかわいい呼び方をするなんて、恥ずかしいです!」

「だからじゃ。ワシをくぅーちゃんと呼ぶのがイヤなら、さっさと一人で帰るが良い」

「ンもう! そんなこと言ったってテーベには行けませんよ!」


 そもそもクフ王が船に乗れない理由は、ミイラだという外見の怪しさのせいだけではありません。

 ギザの町のお祭りに、遠くの町からも大勢の人が集まってきている影響で、今はどの船も満員なのです。




 乗せてもらえそうな船を探すうちに、二人は観光船が並んでいる場所を通り過ぎて、漁船が係留されている場所に来てしまいました。


 捕れ立てのお魚を、漁師さんたちがお祭りの会場へ運んでいきます。

 みんなとても急がしそうです。

 船に乗せてなんて頼める雰囲気ではありません。


 クフ王は困って腕組みをしました。

「ふむむ。このまま歩いてテーベまで……」

「遠いですよぉ?」

 ツタンカーメンはわざとちょっとイジワルな声を出しました。

「年寄りに歩かせるとはひどいやつじゃ」

「だーかーらー!」



 漁船はあしくきを束ねて作られていて、小さくて軽くて丈夫です。

 だけど壊れてしまうこともあります。


 壊れた葦舟の前で、若い漁師さんが途方にくれていました。


「ちょいと事故って、舟底に穴が開いちまっただー。

 あんちゃんたち、直すのを手伝ってくれるってんなら……

 さすがにテーベまでとはいかねーけんど、隣町ぐらいならただで乗せていってやるべよ。

 隣町なら、祭りのさなかのギザよりは、テーベ行きの船を見つけやすいべ」


 それを聞いてクフ王は、どーんと胸を張りました。


「船の修理なぞお安い御用じゃ。ワシも船なら持っておるで詳しいぞい」

「おおっ、すんごい自信だべな。ンなら安心して任せられっべ。そんじゃあオラは捕ってきた魚が腐る前に町で売ってくるだべよ」


 そうして漁師は去っていきました。


「で、木材はどこじゃ?」

「これ、葦舟ですよ?」

 ファラオ二人でしばらく見つめあったあと、ツタンカーメンは頭を抱えました。



「ワシのピラミッドの秘密の部屋には、輸入物のレバノン杉をふんだんに使って造った大きな船が隠してあってな。しかしあれを持ち出せば大変な騒ぎになってしまうじゃろうからのう」

「そんな高価なものの自慢を今されたって、葦舟の修理の役には立たないですよ」

「修理、修理……まずは材料を集めるところからじゃなあ。ワシの時代には葦なんぞそこら辺の河原にいくらでも生えておったんじゃが……」

「それは今でも変わってないですよ。たぶん未来でも変わらないです」

「よし、ツタンカーメンよ! 葦を刈ってまいれ!」

「おれが!?」

「他に誰がおる?」


 自分でやる気はまったくなさそうです。


「しょうがないなぁ……」

 ほっぺたをふくらませながら、ツタンカーメンは何もない空中に両手をかざしました。




「開け、冥界の扉! 繋がれ、我が墓所に!」

 ツタンカーメンの声に応えて、空中に、光の扉が現れます。


「来たれ! お仕事人形シャブティ!」

「「「ふぁらーーー!」」」

 ツタンカーメンの呼び声に、光の扉の向こうから、ツタンカーメンに似せて作られたたくさんの人形が飛び出してきました。


 アラバスターという白い石の人形、ファイアンスという青いガラスの人形、それに黄金の人形も。

 その数、ざっと三〇〇体のお仕事人形シャブティたちが「ふぁらっ! ふぁらっ!」と声を上げながら走り回ります。


 ツタンカーメンはピィッと指笛を吹きました。


「せいれーつ!」

「「「ふぁらーおー!」」」

「葦を取って来ーい!」

「「「ふぁらおーおー!」」」


 お仕事人形シャブティたちが、壊れた葦舟に群がります。


「それじゃなーい! 河原に生えてるやつを取って来ーい!」

「「「ふぁら、ふぁら、おーっ!」」」


 お仕事人形シャブティたちは、河原のほうへ走っていきました。



 一体一体は小さいですが、お仕事人形シャブティたちは働き者です。

 舟を直すのにじゅうぶんな量の葦を、あっという間に集めてきてくれました。

 ですが、その葦をどう使えば舟が直るのかまでは、お仕事人形シャブティにはわかりませんでした。


「おれも木造船しか知らないイィ……」

「「「ふぁらあぁぁ……」」」

 ツタンカーメンとお仕事人形シャブティたちは、全員そろって頭を抱えまました。



「ツメが甘いのう」

 クフ王が、なぜかニヤニヤしています。

 クフ王の隣には、もう一人、見知らぬミイラが立っていました。


「ミイラが増えた!?」

 ツタンカーメンは驚いて、思わず大声を上げました。



「ツタンカーメンよ、ジュセル王は知っておるな」

「たしか、エジプトで一番古いピラミッドを作った……」

「ワシの先輩じゃ。こやつはそのジュセル王に仕えてピラミッドを設計した、イムホテプじゃ。ワシらの手伝いに来てくれたぞ」

「ピラミッドの設計者が葦舟の修理を?」

「この男、建築だけでなく、医学に政治に芸術にと、何でもこなせるでな」


 なぜかクフ王が得意げにしています。


 ツタンカーメンはきょとんとしてイムホテプさんと葦舟を見比べました。


「何でもったって、これはジャンルが違うでしょ」

「できます」

「マジで?」

「ファラオのご命令とあらば」



 イムホテプさんは、お仕事人形シャブティたちが持ってきた葦を手際良く纏めると、舟の壊れていない部分と見比べてバランスを取りながら、舟底の穴を丁寧に埋めていきました。

 イムホテプさんはツタンカーメンの時代から見ても千年以上も前の人ですが、葦舟の作りはシンプルなので、千年ぐらいではデザインは変わりません。



「「「ふぁら~!」」」

 あまりの巧みさに、お仕事人形シャブティたちが歓声を上げます。


「ふぁら~」

「ふぁらお~」

 ファラオ二人もお仕事人形シャブティたちに釣られてしまいました。

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