第17話 テーベは今日もアメン神

 アンケセナーメンたちの跡をつけていった神殿で。

 またまた柱の陰に隠れながら、ツタンカーメンとクフ王はアメン神の像を見上げました。


 アメン神は筋骨たくましい男性の神さまで、頭に大きな羽の飾りをつけています。

 神話によっては羊の頭とされることもあります。


「ふむぅ」

 クフ王が首をかしげました。

「未来の神殿でも思ったことなんじゃが、アメン神はワシの時代にはそんなに力のある神さまではなかったんじゃがのう」


「こっちの時代ではすっごく重要な神さまなんですよ。だからおれの名前はツタンカ“アメン”だし、アンケセナーメンはアンケセナ“アメン”だし」


「ワシの時代じゃ神々の最高位におられるのは太陽神ラーさまじゃった。これはいくら時が経っても変わらんと思っとったんじゃがのう」

「今だってそうですよ。アメン神はラー神と合体してアメン・ラー神になれるんです。

 前にですね……おれが生まれる何百年も前ですけど、エジプトがアジアから来たヒクソスってやつらに支配されてた時期があって、そいつらを追っ払ったのがアメン神なんです」


「そりゃすごい。ならばきちんと礼拝せねば」

「ちょ! 先輩! 今、出て行ったら……」

「わーっとるわい。あとでじゃ、あとで」

 とかやっているうちに、クフ王の足が、通路脇に並べられた燭台にぶつかってしまいました。



「ぎゃーっ!?」

 包帯が燃え上がります。

「わーっ!!」

 ツタンカーメンがとっさに花瓶の水をぶっかけます。


 それで火は消えたけれど……


「そこに居るのは誰です!?」

 巫女の鋭い声が響きました。



 貴族の娘たちがアンケセナーメンを取り囲んで守ります。

 けれど王妃さまは、その輪を振り解きました。


「つーたん! つーたんなの!?」

 アンケセナーメンは、二人が隠れている柱に駆け寄りました。


 だけどそこには、幽霊のツタンカーメンも、クフ王のミイラの姿さえもありませんでした。

 神殿の主であるアメン神が、特別な力を使って、ミイラを透明にしたのです。



「しっかりなさいまし、アンケセナーメンさま」

 上品なおばさんが、王妃さまの肩を抱いて支えました。

「偉大なるツタンカーメン王は、アアルの野でも神々から重要なお役目を与えられているはずです。こんなところをほっつき歩いているわけございませんよ」


「そう……そうですよね! つーたんは栄光あるアアルの野で、先の偉大なファラオたちとともにエジプトを守っているはずですものね!」

 アンケセナーメンが顔を上げました。


「賢明なるツタンカーメン王は、今頃はきっと太陽の船の舵取りをしておられますわ!」

「いえいえ、勇猛なるツタンカーメン王は、邪神との戦いに先陣を切って挑んでおられるはずです!」

 取り巻きのお嬢さんたちが口々に、想像の中のファラオを称えます。


「そうよねっ! つーたんは光り輝く神々の神殿で、お菓子食べ放題で楽しんでいるはずよねっ!」

 さすがにアンケセナーメンは、つーたんの望みを言い当てていました。



「……おれ、何でこんなところでおじじのおもりなんかしてるんだろ」

 ツタンカーメンは、軽くいじいじしてしまいました。



 クフ王が咳払いをしました。

「そろそろアイとやらのところへ行くとするかの。アメン神さま、今しばらく力をお貸しくだされ」


 出口へ近道しようとして、クフ王は壁に激突しました。

 ミイラは透明になっているだけで、壁抜けができるようになったわけではないのでした。





 長い廊下を歩いてファラオの執務室へ。

 風に紛れて布扉をくぐり……

 ツタンカーメンとクフ王はいきなり悲鳴を上げました。


 執務室は悪霊の群れで満員御礼。

 書き物机のところに居るはずのアイじーちゃんは、悪霊の山にすっかり埋もれてしまっていました。



 霊の姿は基本的には生きている人間には見えないので、アイも家臣も気づいていません。

 それらは血を吸う虫や、毒を持つカエルや、穀物を荒らすネズミなど、人間に害をなす生き物の姿を借りていました。



 ムカデの姿の悪霊を、クフ王がガッと踏み潰しました。

「どれも生霊のようじゃな。誰かが……かなりの人数が、アイの奴めに呪いをかけておる」

「そんな! じーちゃんは……アイ王は……こんな呪われるような悪政を敷いて……っ!?」

「落ち着け! とにかくまずは生霊どもを退治するぞい! ワシゃ魔除けの品を探してくる!」

「っ! わかりました! じゃあ、おれは……」



 遠ざかるクフ王の足音を聞きつつ、ツタンカーメンは両手をかかげて神さまに祈りました。

「助けて! アメン神!」

 さっき逢ったばっかりの、最初に浮かんだ名前を叫びます。



「けろけろろ~ん!」

 間の抜けた声とともに現れたのは、カエルの頭の神さまでした。

「へ?」

「呼ばれたから来たけろ~ん」

 アメン神と同じ名前の、別の神さまがおいでなされたのです。



「ついでにアタシも来たにょろ~ん」

 カエルのアメン神と対になる、ヘビの女神のアメネトさまです。


「おいらも来たけろ~ん」

「にょろ~ん」

 ヘフとヘヘト。


「みんなそろってるけろ~ん」

「にょろ~ん」

 ケクとケケト。


「おやおや、ごちそうがいっぱいだけろ~ん」

「にょろ~ん」

 ヌンとネネト。



「「「「「「「「いただきまーすっ!」」」」」」」」



 ペローン、ぱくーん。

 カエルの頭をした四人の男神と、ヘビの頭の四人の女神。

 八名一組の八柱神は、虫やカエルやネズミを模した生霊を、ぺろぺろパクパク食べ始めました。

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