第25話 早く帰り太陽

 日が暮れて飲み会もお開きになって、農民のみなさんは家に帰って、石切り場にファラオが二人きり。

 どうすればもとの時代に戻れるのかと話し合います。


「やっぱりトート神に助けを求めるしかないでしょうね」

 と、ツタンカーメン。


「面倒くさいのう」

 言ってるそばからクフ王は、すでに光の扉を開いてしまっていました。


「ちょ! 大丈夫なんですか? ナンか光が、いろんな色が混ざったような変な色になっちゃってますよ!?」

「ふむ? まあ、大丈夫かどうかは入ってみればわかるじゃろ」

「ヤですよーっ! こんな怪しいのーっ!」

「何、死にやせん。そもそもミイラと幽霊じゃ」


 クフ王はツタンカーメンの肩をドンッとたたいて、光の扉の中へと突き飛ばしました。





 倒れると同時に水しぶきが上がります。

「プハッ!」

 ツタンカーメンが浮き上がると、辺りには一面の水しかありませんでした。


「ここどこ? クフ先輩?」

 また居なくなっています。


 曇りでもなくただ暗い空と、果てしない水。

 ただただ果てしない水に、ツタンカーメンは見惚れると同時に不安になりました。


 エジプトは、国土自体は広くても、人が暮らしているのはナイル川の近くだけです。

 北の端、ナイル川の河口まで行けば地中海に出る漁師さんも居るものの、ほとんどのエジプト人には、海はなじみがありません。


 ツタンカーメンが暮らしてきたテーベからだと、直線距離では東の紅海のほうがずっと近いけれど、間には砂漠が横たわっています。


 ギリシャ神話の海の神のポセイドンは、オリンポス十二柱に数えられる有名な神さま。

 だけどエジプト神話では、川の神さまはたくさん居るのに、海の神さまの話はなかなか出てきません。


 しいて言うなら。

「……原初の混沌の水、ヌン……」

 それも海水だとハッキリと記されているわけではありません。



「呼んだけろ~ん?」

 水面からぴょこんと誰かが顔を出しました。

 ヌンと同じ名前を持つ、カエルの頭の神さま。

 ヘルモポリスの町で崇拝される、八名一組の八柱神の中の一名です。


「どこかで逢ったけろ~ん?」

「おれですよ。ツタンカーメンです」


TUTANKHAMENツタンカーメン?」

「はい」


TUTトゥト / ANKHアンク / AMENアメン?」

「そうです」


姿トゥト / アンク / 不可視の神アメン?」

「はい。アメン神の生き写し」


「似てないけろ~ん」

「そちらの仲間のアメン神とは、名前は同じでも別のアメン神です」

「けろろ~ん? 知ってるような知らないようなだけろ~ん」



「あの……ところで、クフ王を見かけませんでしたか?」

「ここには我々しか居ないけろ~ん」

「水の中に落ちてしまったんじゃないかと……」

「これは混沌の水ヌンだけろ~ん。もしこの中に誰か居るなら、混沌の水の神ヌンであるおいらにわからないわけがないけろ~ん」

「なるほどです」



「ところでおまえは何者だけろ~ん?」

「えー……っと……」

「こんな変な顔の生き物、見たことないけろ~ん」

「あ、じゃあやっぱりここって、人類が誕生する前の世界なんですか?」

「人類が何かは知らないけれど、太陽神ラーがこれから生まれるところだけろ~ん。だからおいらは忙しいけろ~ん」

 それだけ言うとヌン神は、仲間のもとへと泳ぎ去りました。




 原初の水の真ん中に、小さな島が突き出して、その頂に大きな卵が乗っています。

 四匹の雄のカエルと、四匹の雌のヘビの八柱神が、小島を囲んでグルグル泳ぎます。


 混沌の水、もしくは深淵のヌン神とネネト女神。

 闇のケク神とケケト女神。

 永遠のヘフ神とヘヘト女神。

 不可視のアメン神とアメネト女神。


 グルグルグルグル、回り続けます。

 これが何か、ツタンカーメンも神話で伝え聞いています。

 これは、太陽誕生の儀式です。


 ヘフ神とヘヘト女神が近くに居るせいで、やることもなく見守っているだけのツタンカーメンの時間の感覚も狂っていきます。



 ツタンカーメンは、島に卵が乗っている形が、ピラミッドの形に似ていることに気がつきました。

 ピラミッドも、未来では失われているけれど、頂に輝く石が座していました。


 何年、何百年、何万年。

 あるいはほんの一瞬か。

 死者の書では『長い時間』という意味で『百万年』という言葉が頻繁に出てくるから、もしかしたらそれくらい経っているのかもしれません。



 ピシリ。



 卵の殻にひびの入る音が響きました。


 儀式のラスト。

 卵が割れていきます。


 殻の中から光とともに現れたのは……ラー神ではなく、クフ王でした。

 ツタンカーメンは盛大にずっこけました。

 クフ王の光の扉が、卵の中に繋がったということなのでしょうか?


「ああ、光り輝くこのワシ! 何て偉大なるこのワシ!!」


 クフ王が高笑いします。

 八柱神は激怒しました。


「何だおまえはゲロロロローン!?」

「太陽神をどこへやったニョロロロローン!?」

「グワッ!! グワッ!!」

「シャーーーッ!!」


 八柱神が一斉にクフ王に襲いかかります。

 クフ王は、太陽神パワーで何故か飛べるようになっていて、ヒラリとかわします。


 八柱神は勢いあまって頭をごっつんこ。

 霊的な力が爆発して、クフ王は時空の狭間へ吹き飛ばされてしまいました。



「クフせんぱああい!!」

「それより本物の太陽神はどこだグワッ!?」

「あそこだシャーッ!!」


 羽の生えた金色の卵が、空をパタパタと飛んでいきます。

 太陽の船の神話において、ラー神は、太陽を食べようとする邪悪な大蛇のアポピスと、果てのない戦いをくり広げることになっています。

 まだ生まれてもいないラー神は、早くもアポピスに追い回されてしまっていました。

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