第23話 ミイラのタマネギ踊り
大蛇は体を伸ばしてツッチーを追いかけてきます。
ツッチーは、さすがに三人は定員オーバーなのか、なかなか高度を上げられません。
大蛇の牙が鋭く光ります。
そこに、ハヤブサの頭に人間の体の神さまが割って入りました。
「ホルス神!」
ツタンカーメンが叫びました。
鳥の神さまですが翼はなくて、霊的な力で浮遊しています。
「邪悪よ、退け!!」
ホルス神の全身がカッと輝きを発すると、それだけで大蛇はおとなしくなって引き下がっていきました。
ツタンカーメンはホルス神に親しげに手を振ってお礼を言いました。
ホルス神は王権の守護者。
だからホルス神にとってのファラオは、もう一人の自分のようなものなのです。
「ホルス神! セト神との戦いは?」
「向こうが勝手に引いた。急に興が冷めたとか言い出してな」
「ボクのせいだ」
セティはかすれた声でつぶやきました。
「ボクがセト神さまの期待に応えられなかったから」
ツッチーの姿も、邪神の眷属としてふさわしいものではなくなってしまいました。
ホルス神がこちらを向いて、セティは思わずツタンカーメンの背中に隠れました。
「おい、セティ。何でそんな怖がるんだよ?」
「……だって……ボク……」
セティは邪神セトを崇拝していたのだから、ホルス神は怒っているのではないでしょうか?
何だかもう、全方向からすでに怒られているような気分です。
何よりも気になるのが……
「あのさ……ツッチーのこと……」
邪神の眷属だからって、ひどいことをされたりしないでしょうか……?
「おう! おまえがツッチーを連れてきてくれたおかげで助かったぜ!」
ツタンカーメンは満面の笑顔でした。
「ほんとに? でも、だって、ツッチーは悪霊で……」
「悪霊? そいつが? どこが?」
問うたのは、ホルス神でした。
「セト神さまが、そう言って……」
「セティよ、そいつは邪神セトに憧れるお前の心が生み出した、お前の分身。そいつは紛れもなく、お前自身の眷属だ」
テーベに戻ると、アヌビス神とイシス女神が、クフ王のミイラの組み立ての仕上げを行っているところでした。
路上に横たわるミイラに、イシス女神が上から手をかざして
神話の時代、地上の王だったオシリス神は、邪神セトに殺され、遺体をバラバラにされてエジプト中にばら撒かれました。
オシリス神の妻のイシス女神は、オシリス神の体を一つ一つ探し集めて、繋ぎ合わせて生き返らせました。
けれど一夜明けるとオシリス神は、冥界の王として冥界に帰っていきました。
アヌビス神は、ミイラの心臓の代用に、同じくらいの大きさの丸いものを詰める作業をしています。
ミイラの
するとミイラがバッと飛び上がりました。
「たまたまたまたま、たーまたま! たまたまたまたま、たーまたま!」
ミイラは歌いながら踊り出しました。
「何、これ?」
ツタンカーメンは目を丸くしました。
「タマネギの唄だな」
アヌビス神があごをこすります。
「心臓の代わりにタマネギを入れたのだ」
タマネギは聖なる野菜です。
これは、事故死した人のミイラなどで、心臓に損傷がある場合に行われる手法です。
「最高級のタマネギを使ったのが、かえってマズかったのだろうか」
「たーまたまたま! たまたまたーま!」
クフ王のミイラは、腰をふりふり、激しく、しかも何やらセクシーに踊り続けています。
きれいに巻いた包帯が、少しずつ解けてきてしまいました。
「これはこれで地獄な気がするわね」
イシス女神がクフ王のミイラに脳天チョップを入れました。
「あたたたたっ! ハッ! ワシは今まで何を!?」
正気に返ったクフ王は、キョロキョロと辺りを見回しました。
「地獄でのことは、少しだけなら覚えておるぞい。どうにもフワフワして落ち着かんかったわい。やはりミイラごと動くに限る。ツタンカーメンよ、お前さんももっと地に足をつけたほうが良いぞい」
「うるせーやい」
「冗談じゃ。感謝しておる」
光の扉をセティの家に繋げます。
家の中は明かりも消えて寝静まって、家族の誰も今夜のことには気づいていないみたいでした。
「じゃあな、セティ」
ツタンカーメンが手を振ります。
セティはツッチーと寄り添って、名残惜しそうにファラオの眼差しを見上げました。
「待て! セティじゃと? その名前、覚えがあるぞ」
クフ王が急に言い出しました。
「あれじゃ、あそこじゃ、未来のラムセス二世とやらの神殿! あそこへ行った時に王名表で見たんじゃ! 確かラムセス二世の父親である、先代のファラオの名前がセティ一世じゃったぞい」
「ほんとに!?」
セティがパッとクフ王に駆け寄ります。
「うむ。本当じゃ」
「ほんとのほんと!?」
「もちろんじゃぞい」
セティは大喜びで自分の部屋のベッドに帰っていきました。
ツタンカーメンはそっと光の扉を閉じました。
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