第25話 これは、俺が現実(リアル)に毒されていくお話
その後、池栗の車に回収され、俺は池栗行きつけというラーメン屋に連れてこられた。
「すみません。醤油ラーメン二つと、炒飯一つ。全て大盛りで」
「かしこまりました!」
「頼みすぎだろ」
「別にいいだろう。お前の奢りなのだ、沢山食べなければ損というものだろう」
「少しは遠慮をしろ」
「遠慮はいらない。どんどん頼め」
「人の話を聞け」
「味噌ラーメン二つ追加で」
「かしこまりました!」
「だから人の話を聞け」
「塩がよかったのか?」
「そんなことを聞けとは言っていない。というか、そんなに頼んで食べきれるのかよ」
「問題ない」
「意外に食べるんだな」
「食べきれなかったのなら、お前の胃に無理矢理詰め込めばいい」
「問題大ありだよ! はあ……。すいません、餃子二つ追加で」
「かしこまりました!」
「おお、やる気だな」
「こうなったら以上、ヤケ食いするしかねぇだろ」
「そうか。ならばもう少し頼もう」
「遠慮しなくていいとは一言も言っていないんだが」
「すいません、味玉二〇個追加で」
「かしこまりました!」
「玉子にそこまでの依存性はないと思うんだが」
「いいではないか。好きなのだから」
「確か卵って、たんぱく質が豊富だったよな」
「ああ」
「しかも、たんぱく質はバストアップに効果的……。お前、卵好きでそれって――」
「植木ク~ン?」
「さーて、反省文反省文」
満面の笑みの池栗は見て見ぬフリをして、俺は漫画のように原稿用紙をテーブルの上に山積みにして反省文を書き始める。絶対に終わらないだろ、これ。
その最中、
「おい池栗」
俺は手を止めずに問う。
「お前、どこまでわかってたんだ?」
「…………」
池栗からの返事はない。
「本当はお前、環奈の気持ちが勘違いだって気付いてたんじゃあねぇか?」
「…………」
「前にお前言ってただろ。環奈が俺を好きになるのはわからなくもないって。それって、環奈の気持ちが俺への憧れだってことに気付いてたからじゃあねぇのか?」
「…………」
「だから水族館で、俺が返事をしようとしたタイミングで話に割って入ってきたんじゃあねぇか?」
「…………」
しばしの沈黙。
「はて、何のことかな?」
「とぼけるなよ」
「とぼけてなどいない。私はいつでも、お前が出来るだけ不幸になるように行動しているだけだ?」
「照れてるのか」
「お前、どこでそんな言葉を覚えた」
「そういうふざけたことを笑って言ってくる友達がいてな。影響された」
「友達、か……」
再び、沈黙が訪れて。
「おい植木」
今度は、池栗が俺に問うてくる。
「いつか私が言ったことを覚えているか?」
「罵倒以外言われた記憶がないんだが」
「覚えていないならそれでも構わん。私は、いつだって話したいだけだ」
「なら一人で勝手に話してくれ。俺は聞かないから」
「そうさせてもらうよ。シュレディンガーの猫の話だ。事実は常に流動的で、観測者の感情によって無限に変化していく」
「そんな話もあったな」
「ならば、清水環奈の感情も、それに当てはまるのではないだろうか」
「…………」
「今は単なる憧れとして観測されていたとしても、いつかその特別な感情が、恋として観測されることも十分にあり得るのではないだろうか」
「…………」
何も、言わなかった。
「一枚目、終わったぞ」
「そうか。では、あと二四九九枚だ。頑張れ」
「それ、冗談じゃあねぇのかよ」
「当たり前だろう。私はいつだって本気だ」
「この野郎……っ!」
いや、怒っていても致し方ない。今はひたすら手を動かさなければ。
それに、もうすぐ料理も運ばれてくるだろう。腹が膨れれば、多少は怒りも収まる。
そうだ。後で池栗に「お前、腹は膨れるくせに胸は膨れないんだな」と言ってやろう。あいつの怒りの表情を想像するだけで、胸が躍る。
ああ、ちなみに。
一枚目の反省文には、こんなことを書いた。
せっかくだから紹介しよう。
――リア充とは、毒である。
――それは何も、リア充が毒程度の存在であるということではなくて(それは毒に失礼だ)、心身ともに蝕んでくるということだ。
――事実、俺もリア充に毒された一人だ。
――リア充の名前は、清水環奈と言う。奴は、その強力な毒性をもって俺の心身を蝕んだ。現に今の俺は、悔しいかな、環奈のことをよく考える。まったく、どんな病気よりもたちが悪い。
――だが、このままやられっぱなしでいるつもりは微塵もない。いつか必ず、俺はあいつを殺す(社会的に)。
――だからそのためにも、あいつと出会ってからのことを振り返ろうと思う。反省をして、あいつへの『慈善活動』の作戦を練ろうと思う。
――それでは始めるとする。
――これは、俺が現実(リアル)に毒されていくお話だ。
おわり
これは、俺が現実(リアル)に毒されていくお話 山波青菜 @nanamin
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