第3話 これは、俺が猫被りに絡まれるお話

 リア充とはゴキブリだ。

 それはなにも、リア充がゴキブリ程度の存在であるということではなくて(それはゴキブリに失礼だろ)、中々死なないということだ。

 リア充とは言うまでもなく、リアルが充実している屑(死ねばいいのに)のこと。

 それすなわち、多少の不幸をもってあまりあるほどの幸福であるということで(俺はそうは思わないがな!)、社会的に殺しても、それを幸福で打ち消してしまうのだ。

 例えば、今回のターゲットである屑共もそうだ。

 男の名前は、明賀充。

 高身長(死ね)。金髪(死ね)。サッカー部のエース(死ね)。生徒会長(殺す)。

 女の名前は、羽衣リア。

 金さえ払えばすぐヤらせてくれそうな顔をしている。いくらかな? まあいくらだとしても、貴様なんか願い下げだが。

 つーか名前がリアと充で「リア充」とか……どんな格差社会だ。

 政府は男女共同参画社会基本法とか長ったらしい名前の法律制定する前に、リア非リア共同参画社会基本法制定するべきだろ。

 格差のない社会にするために。

 みんなが幸せな社会にするために。

 だから、リア非リア共同参画社会基本法を――リア充は即別れるという法律を、制定するべきだろ!

 ……ごほん。少々熱くなり過ぎてしまったな。話を戻そう。

 これまで三度、俺は充とリアに対して『慈善活動』を仕掛けた。

 作戦はすべて成功した。水攻めも騎馬鉄砲隊も啄木鳥の戦法も効果はてきめんだった。事実、『慈善活動』直後、二人の関係は悪化している。

 それにも関わらず、気付くとまた二人はイチャコライチャコラ……こころの病気を患っているのか?

 だが、それも今日で終わりだ。

 今日こそ終わらせる。

 この長い戦いを、二人の関係を――そして、屑共の社会的生命を。

「みっくん、謝ってよ!」

 人の気配がほとんどなくなった放課後の昇降口。そこで、リアは充に向かって鬼の形相を向ける。

 あとどうでもいいが、充のことを「みっくん」って呼んでることが鼻につくのは俺だけだろうか。

「リアリア、落ち着けって」

 対して充は、困惑した様子でリアを窘める。

 あとどうでもいいが、リアのことを「リアリア」って呼んでることが鼻につくのは、絶対に俺だけではない。

「俺が何したんだよ?」

「みっくん、ほんとにわからないの……?」

「…………」

「ひどい……」

 ぽたり。ぽたり。

 リアの蒼い瞳から、一粒、また一粒と雫が零れ落ちる。

「ひどい……っ!」

「ごめん……」

 うわー、充、リアのこと泣かせてるよ。

 ざまあ。

「ふふっ……」

「センパイ、女の子の涙見て笑うなんて、シュミ悪いですよ」

「――っ!」

 と。

「センパイ、どうしたんですか? そんな驚いた顔して」

 いや、この顔は不快感を露わにした顔なんだが。

 そんな内心を露ほども知らず、環奈は図々しくも俺の隣に座る。言うまでもなく、俺は距離を取る。

「どうして離れるんですか」

 再び、俺のパーソナルスペースに不法侵入してくる環奈。

「リア充が移るからだ」

 再び、俺は距離を取る。

「わたし、リア充じゃありませんよ?」

「どの口が言ってんだ」

「でも、恋人いませんし」

「嫌味にしか聞こえねぇな」

「まあ、好きな人はいますけど」

「……からかってるようにしか聞こえねぇな」

「照れてるんですか? かわいいなぁ」

 何がそんなに楽しいのか、環奈はアホ面を引っ提げて馬鹿みたいに笑う。

「大丈夫ですよ。私は本気で、センパイのことが好きですから」

「お前の性格は大丈夫じゃないな」

「なんでですかぁ」

「普通、告白した次の日にいけしゃあしゃあと話し掛けてこないだろ。お前には人のこころってもんがないのか?」

「センパイ、自分のこと棚に上げてますよ」

「俺の何を知っている」

「何も知りませんよ。だから、これから知っていきたいんです」

「リア充ごときに俺の誇り高い信念は理解できねぇよ」

「素直じゃないなぁ。ところでセンパイ、告白の返事は?」

「なかなか斬新な接続詞の使い方だな」

「告白の返事はぁ?」

「なんのことだ」

「とぼけるんだぁ」

「…………」

「ねぇ、センパイ」

「……お前、キャラ変わり過ぎだろ」

「そうですか?」

「少なくとも、昨日の印象とは違う」

 昨日の環奈は、悔しいかな、もっとかわ――

「そりゃそうですよ。猫被ってたんですから」

「……は?」

「純情な後輩、かわいかったでしょ?」

「……お前、いい性格してるな」

「センパイが褒めてくれるなんて、うれしいなぁ」

「ほんといい性格してんな!」

 なに誑かそうとしてくれてんだ! お前みたいな脳内お花畑の淫乱ビッチに惚れるわけないだろ馬鹿か! 馬鹿だな。

 つーか、赤の他人である俺に自分の想いを――もとい弱みをひけらかすなんて、正気じゃない。羞恥心がどうかしている。

 ……いや、いかんいかん。今は『慈善活動』の最中だった。こんな奴に感けている暇はない。さっさと追い払わねば。

「去ね」

「大丈夫ですよ。わたしはずっと、センパイの隣に居ますから」

「…………」

 クッソこのアマ……っ!

「……逝ね」

「ごめんなさい。センパイが生きてる間は死にたくありません」

「…………」

 クッソこのアマ……っ!

「死ね!」

「まあ、それでも死ねって言うんでしたら死にますけど。わたしの全てはセンパイのものですから」

「…………」

 クッ……いや、もう止めよう。

 不毛だ。

 不毛すぎる。

 こいつに――もとい屑に何を言ったところで、馬の耳に念仏を唱えるよりも、豚に真珠を与えるよりも、猫に小判をばら撒くよりも不毛だった。

 屑を追い払うのは諦め、意識を再び充とリアに向ける。つーかまだ泣いてるし。情緒不安定なのか? 情緒不安定だな。

「さて、どうしたものか……」

「センパイ、わたしは何したらいいですか?」

「そうだな、ひとまずここは様子を見て作戦を――って、おい。何言ってんだ」

「ノリツッコミしてるセンパイの方が、何言ってんだって感じですけどね」

「……何言ってんだ」

「あ、はぐらかしたぁ」

「何言ってんだ」

「もう、しょうがないですね」

 環奈はニコニコと――つまり大層不快な顔で笑う。鬱陶しい。

「だから、センパイの『慈善活動』を手伝ってあげるって言ってあげてるんですよ」

「……は?」

 いやいや、それはおかしいだろ。

 だって。

「なんでお前、『慈善活動』のこと知ってんだ」

 『慈善活動』は常に隠密行動を心掛けてきた。

 当然だ。そうでなければ、どこかしらから圧力をかけられる。

 それなのに、どうして……。

 その疑問に対する環奈の答えは簡潔で、

「そんな目立つことしてるのに、どうして知らないんですか」

「……は?」

 もうあまりにも簡潔すぎて、逆に意味がわからなかった。

「はあ?」

「いやだから、仲睦まじいカップルに嫌がらせするなんて目立つことしてたら、そりゃ知ってますって」

「はあ?」

「いやだから、仲睦まじいカップルに嫌がらせするなんて目立つことしてたら、そりゃ知ってますって。これ二回言う必要ありますか?」

「ま、マジか……」

「マジです。大マジです。多分ですけど、奏高の人はみんな知ってます」

「そ、そうだったのか……」

 まさか、『慈善活動』が知られていたなんて。隠密行動が徒労だったなんて。

 いや、待てよ。

 考えようによっては、これからは堂々とリア充を駆逐できるってことか!

 これで、作戦の幅を大きく広げることが出来る。もしかしたら、今まで机上の空論だった『INFINITY BLOODSHED』を実行出来るかもしれない。ふっ、楽しみだぜ。

 ああ、でも。

「だったら」

 俺は、ふと思いついた疑問を口にする。

「どうして、誰も何も言ってこないんだよ」

 『慈善活動』の崇高さは、恋愛にうつつを抜かしている一般人共には理解できないだろう。したがって、『慈善活動』が反社会的立ち位置になってしまうのは致し方ない。

 にも関わらず、俺は『慈善活動』について何も言われたことがない。同志からの賞賛の声があってもいいものだが、とにもかくにも、とやかく言われたことがないのだ。

「そんなの」

 その疑問に対する環奈の答えはあまりにも簡潔で、

「関わりたくないからに決まってるじゃないですか」

「……そうか」

 もうほんと簡潔過ぎて、少しだけ泣きそうになった。

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