第21話 これは、俺が「大丈夫」に胸を撫で下ろすお話

「だから、俺がしたことは全部環奈に好かれるためだ! 全部俺の自己満足だ! それを環奈が俺を唆したと思うなんて、お前らは馬鹿だな! 救いようのない馬鹿だな! 文句があるなら言ってみろ! 全部俺が聞いてやる!」

 言い切った。

 呼吸が乱れている。動機が激しい。顔が熱い。身体が焼ける。

 だけど頭だけは妙に冷め切っていて――『慈善活動』において、俺は自分を見失ったりはしない――その冷静さをもって教室を見回すと、皆一様に鳩が豆鉄砲を食らったようになっていた。

 まあ、無理もないか。突拍子もなく何の脈絡もなく告白をしたんだ。そりゃあそういう顔になる。

 だが。

 たった二人だけは――やはりあの二人だけは、全く違う顔をしていた。

 内一人は、

「あははははっ!」

 もとい環奈は、腹を抱えて笑っていた。笑い泣きしていた。

「何がそんなにおかしい」

「センパイって、やっぱバカですね!」

「お前には目上の人を敬うこころはないのか」

「だっていきなり告白とか、バカじゃないですか!」

「…………」

 何も言い返せない。まったくもってその通りだ。

「少しくらいは空気読みましょうよ!」

「……だから俺は空気は読まない主義で――」

「あははははっ!」

「…………」

 俺が言うのもアレだが、お前も少しは空気を読め。

「というか、また自分のこと棚に上げてるし」

「はあ?」

「だってわたしのこと責めたくせに、わたしと同じことしようとしてるじゃないですか」

「…………」

 どうしてこいつは、変なところで鋭いのだ。

『だから、俺がしたことは全部環奈に好かれるためだ! 全部俺の自己満足だ! それを環奈が俺を唆したと思うなんて、お前らは馬鹿だな! 救いようのない馬鹿だな! 文句があるなら言ってみろ! 全部俺が聞いてやる!』

 この台詞は、怒りの対象を環奈から俺へと移すためのものだ。諸々の原因は俺にあると指摘し、且つ罵倒することで俺への怒りを焚きつける。そうして、全ての怒りを俺へと向けさせる。

 これこそが、今回の『慈善活動』の全容。その後、環奈は怒りを向けられることなくゆっくりとクラスに溶け込んでいく予定だったのだが……。

 やはりこいつは、どうしたって俺の『慈善活動』を妨害したいらしい。

「俺は大丈夫なんだよ」

「それ、言っちゃうんですね」

「悪いか」

「悪くはないですよぉ。ただぁ、言っちゃうんだなぁと思ってぇ」

「…………」

「というかわたし、『助けて』なんて言った覚えはないんですけど」

「俺も『助けて』なんて言われた覚えはない」

「なら、なんで助けようとしてくれてるんですか?」

「助けようとはしていない。偶然、俺のしたいことが結果的にお前を助けることに繋がっているだけだ」

「もう、照れなくてもいいのにぃ」

「眼科を紹介してやるから、その腐った目を治してこい」

「でも、残念でした。センパイのやってることは全部無駄になっちゃいます」

「どういう意味だ」

「センパイの助けなんかなくても、わたしは大丈夫ってことです」

「お前また――」

「大丈夫です」

 笑っていた。

 笑っていたんだ。

 環奈は、あの鬱陶しい顔で――俺が一番見たかった顔で、笑っていたんだ。

 少しだけ――ほんの少しだけ、泣きそうになった。

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