第8話 これは、俺が自分に苦しめられるお話(2/5)

 次にやってきたのは、深海魚が集まるエリア。異形の魚たちが蠢いている。

「クラゲ、きれいです」

「そうだな」

 透明なクラゲが漂う姿は、なんとも神秘的だ。

「これ、リュウグウノツカイの剥製ですか。かっこいいです」

「そうだな」

 まさしく龍のようなその姿は、男心をくすぐられる。

「あっ、アンコウだ! かわいいです!」

「そう、だな?」

 いやいや、アンコウは可愛くないだろ。

 むしろ、気持ち悪い部類に入るんじゃあないか。ブサイクな顔に太った身体。仮にこれが人間だとしたら、世の女子高生は唾を吐きかけ蔑むことだろう。

 魚類とは、なんと狡猾な生き物かな。

「俺も魚類になりたい」

「突然どうしたんですか」

「どんな見てくれでも許される存在になりたいんだよ」

「センパイ、見た目かっこいいじゃないですか」

「知ってる」

「謙遜しないんですね」

「自分の能力を正しく評してるだけだ」

「そんなとこも好きですよ」

「はいはい。そりゃあどうも」

「なんですか、その冷たい反応は」

「人間は成長する生き物なんだよ」

 こいつと出会って五日、早くも「好き」という単語についての免疫が付いてきた。というか、感覚が麻痺してきた。

 まあどちらにせよ、環奈の攻撃――否、口撃を受け流すことができるのだからいいのだが。

「そもそも、お前『好き』って言い過ぎなんだよ」

「だって好きなんですもん」

「……ごほん。それでもだ。こう毎日そんな言葉を聞かされると、全部嘘なんじゃねぇかと思えてくんだよ。ソースは『おおかみ少年』」

「それは確かに……」

「わかったなら、金輪際その言葉とそれに関連する単語の発言、及び行動を慎む――」

「なら、こんなのはどうですか?」

「人の話を聞け」

 だが環奈は、俺を無視してすうっと息を吸って。

 そして――叫んだ。

「愛しています!」

「馬鹿!」

「もご?」

 慌てて環奈の口を手で塞ぐが、時すでに遅し。

 周りにいた大勢の人間が、生暖かい目でこちらを見てくる。挙句、どこからともなく「若いっていいわね~」と妙に甲高い冷やかしの声が聞こえてきた。

 そんな状況をようやく察したらしく、環奈の顔がみるみる赤くなっていく。

「……行くぞ」

「……はい」

 逃げるようにしてその場を離れる。なんで俺がこんな目に遭わなければならねぇんだ。

「……あの、センパイ」

「なんだよ」

「恥ずかしい思いさせて、ごめんなさい……」

「本当だよ」

「で、でも! さっきの言葉は、本心ですから」

「……だから恥ずかしいんだろ」

「なにか言いましたか?」

「なんでもねぇ!」

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