第24話 これは、俺がリア充に毒されていくお話
池栗の横暴さは大変迷惑だが、かと言って逆らうと色々と危ないので、俺は素直に校門へと向かう。
その道中、昇降口にて。
「センパイ」
声を掛けられ、振り返る。そこには、身体中にガーゼやら絆創膏やらが貼られ痛々しい姿をした環奈がいた。どうやら保健室で治療を受けた後らしい。
まあ、とても元気そうではあるが。現に、満面の笑みを浮かべている。マゾヒストか?
「お説教、お疲れ様でした」
「ああ」
「その原稿用紙、どうしたんですか? すごい数ですね」
「全部反省文用だ」
「全部ですか? それはまたすごい量ですね」
「ちなみに、合計二五〇〇枚、文字数にして一〇〇万字だ」
「うわ……。誰がそんなこと言ったんですか?」
「期日が明日」
「池栗先生ですか」
「お前も池栗の鬼畜さがわかってきたか。まったく、どうして池栗は俺のことになるとあんなに生き生きし出すんだ」
「愛されてる証拠じゃないですか」
「あいつに愛されても気持ち悪いだけだ」
俺は眉を顰める。環奈はにこりと笑う。
「あの、センパイ」
「何だ」
「ごめんなさい」
「…………」
「迷惑かけてごめんなさい。心配かけてごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
深々と頭を垂れながら、環奈は何度も何度も「ごめんなさい」を繰り返す。
「ごめんなさい……」
「お前は馬鹿だな」
本当、こいつは救いようのない馬鹿だ。
「謝っている暇があるなら、これからどうやってクラスに馴染んでいくかを考えろ」
子供でいられる時間はとても短い。過去を悔い、懺悔などしていたら、理想を追い求める時間がなくなってしまうだろう。
「……そうですね」
「それで? クラスの奴らとは仲良くやっていけそうか」
「どうでしょうね。わかんないです」
「栖須もかとは仲良くなれるんじゃあねぇか」
二人共性格が似ている――もとい、性格がひねくれている訳だし。
「えぇ」
「露骨に嫌そうな顔をするなよ」
「だって、わたしあの子のこと嫌いなんですもん」
「知ってる。でも、今は嫌いでも、その内好きになれるときが来るだろ」
「センパイがそういうこと言うと、説得力がないですね」
「どういう意味だ」
「別にぃ。でも、ありがとうございます」
「感謝されるようなことを言った覚えはないんだが」
「ありますよ。いろいろと」
うふふっ、と悪戯っ子のように笑う環奈。その顔が無性に腹立つので、額に思い切りデコピンをお見舞いしてやる。「はみゅん」という謎の単語が昇降口に響いた。
しばし、沈黙が訪れる。授業中だからだろうか、昇降口はやけに静かだ。
そして。
「……あの、センパイ」
環奈は、ゆっくりと口を開く。
「わたしは、センパイみたいになりたいです」
環奈がずいっと距離を詰めてくる。俺はそのまま動かない。
「植木センパイ……いえ、光センパイ」
ああ、あのときと同じだ。
俺と環奈が初めて出会ったとき。すべての歯車が狂い始めたとき。新たな歯車が動き始めたとき。そのときと同じ。
だから、これから環奈が言おうとしていることが手に取るようにわかる。
そして、それに対する俺の答えは……。
うん、そうだな。
それしかない。
「ああ」
「わ、わた……」
「ああ」
「わた、わたしは……っ!」
「ああ」
「わたしは、センパイのことが人として好きです! わたしとお友達になってください!」
「ああ! ……ああ?」
あれ? 今、全く予想外のことを言われた気がするのだが、気のせいだろうか。
「悪い。もう一回言ってくれ」
「いいですよ。だから、センパイのことが人として好きなので、私と友達に――」
「ちょっと待て!」
残念ながら、気のせいではなかったようだ。
というか、はあ? 意味がわからん。
確か俺の記憶が正しければ、環奈は俺のことを異性として好きだったはずじゃあなかったか?
それなのに、友達とはどういうことだ? 本当にどういうことなんだ?
いけない、混乱している。脳内がクエスチョンマークで溢れている。
ここは、一旦整理するのが得策か。
「すみません環奈さん、いくつか質問してもよろしいでしょうか」
「いいですよ」
「ありがとうございます。ではまず、環奈さんは俺に告白をしたことがありますよね?」
「はい。今では素敵な思い出です」
「そうですよね。俺の妄想じゃあないですよね。ならそれはつまり、俺に異性として好意を抱いていたということで間違いないですよね?」
「はい。そのときはそう思ってました」
「そのときは? 思ってた? ……いえ、今はいいでしょう。それから環奈さんは、積極的に俺との男女関係を深めようとしていましたよね? デートまでしましたし」
「はい、そうですね。それがどうかしたんですか?」
「それなのに、どうして『友達』という単語が出てくるのでしょうか?」
「ああ、なるほど。つまりセンパイは、わたしがどうして、センパイと恋人になりたいから友達になりたいに変わったのかを聞きたいわけですね」
「はい。相違ありません」
俺が大きく頷くと、環奈はきまりが悪そうに頭を掻いた。
これは、嫌な予感がする。
「あのぉ、さっき気づいたんですけどねぇ……どうやらわたしの恋は、勘違いだったみたいです」
「……………………………………………………………………………………………はあ?」
瞬間、時間が止まった気がした。それに何故だろうか、膝が震えている。
「それって、どういう……」
「いやぁ、わたしがセンパイを好きになった理由って、センパイの自分を貫く姿が好きになったからじゃないですか」
「……ああ」
「でもそれって、よく考えたら自分ができないことをできちゃうセンパイに憧れてただけだったんですよ」
「…………」
「さっきも言いましたけど、わたしはセンパイみたいになりたいんです。だからセンパイに惹かれたのは、好きだからじゃなくて憧れたからなんですよ」
「…………」
「だから、センパイとはお付き合いできません。ごめんなさい」
「…………」
「ああもちろん、センパイのことは大好きですよ、人として。だから、センパイとお友達になりたいんです」
「…………」
ああ、どうやら俺は夢を見ているみたいだ。
そうだ、これは夢だ。こんなことが現実であるはずがない。よかった、夢か。夢か、夢か、夢か……。
……って、現実逃避している場合じゃない! あまりにも大きすぎる問題が一つ残っている!
「俺、お前のクラスで大っぴらに告白してるじゃあねぇか!」
「それは、ドンマイです」
「…………」
ヤバい、泣きそう……。
「それじゃあ、今日からお友達としてよろしくお願いしますね? センパイ!」
「……おい待て!」
だが、俺の制止など気にも留めず――やはりあいつは、どうやったって人の話を聞かないらしい――嵐の如く去っていった。
一人取り残された俺は、自然と膝から崩れ落ちる。
「植木」
そんな俺を見かねたのか、やはりどこかで覗いていた池栗がやって来て、一言。
「死ぬなよ」
「……ははっ!」
そうか。やはりそうか。
やはりリア充は、救いようのない屑ということか!
「はははっ!」
いいだろう。そっちがその気なら、俺だってやってやろうじゃあないか。
たとえ死んででも、俺はお前を――清水環奈という、馬鹿で自分勝手で腹黒くて強くて脆くて優しくていつも笑っているどうしようもないリア充を、絶対にぶっ殺してやる(社会的に)!
「はははははっ!」
「植木、お前はとうとう壊れたのか……」
「はははははっ!」
俺の高らかな笑い声は、昇降口を飛び出して真っ青な空にまで駆けていった。
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