第二章
事件当日 朝
「おはよー……って、犬一か。挨拶なんかするんじゃなかった」
結局昨日は快眠とは言えなかった。
二日酔いで頭痛がしながらも、それでも登校してきたオレを迎えてくれたのは藤代――
コイツには何かしたという覚えはない。
それなのに何故か中学の頃から邪険に扱われている。というか、有体に言えば嫌われている。
「今日は未咲と一緒じゃないんだ。いつも金魚の糞みたいにくっついてるから、二人で一セットなのだと思ってた」
「そういう日もある」
棘だらけの言葉を適当に受け流す。
はっきり言って面倒臭かった。体調が万全なら理不尽な悪態に腹を立て、皮肉の一つでも言ってやろうかという気になるが、今はそうではない。何なら休みたいぐらいだった。
そうしなかった理由の一つに、昨日の姫宮との約束が無いとは言わない。
「へえ。知らなかった」
心底見下したような視線を受けながら、自分の席につく。なんだか観察されているような気がして机に突っ伏していたら、眠くなってきた。
その藤代はというと、数分後に登校してきた遊佐――
と言っても気絶した訳もなく、十数分程眠っていたみたいだ。顔を起こすが、人が居ない。まさか世界モノの始まりか、と思っていたらベランダの方から煙が出ていた。火事とは思わなかったが、まさかクラスメイトがベランダで煙草を吸っているのだとも思わなかった。
煙草吸っていたのは誰あろう、先程の遊佐である。思わず鼻を押さえた。煙草の匂いは苦手だ。
オレが起きたのを見るや否や、にっと爽やかに笑って吸っていた煙草を指で弾いた。煙草は放物線を描き、隣の――鎌田のクラスのベランダの排水溝に落ちた。狙ってやったとしたらたいしたものだ。それと同時に、オレは昨日の前守の話を思い出していた。
「お前か」
「そうそう、俺々。鎌田にチクるかい」
鎌田が騒いでいたという煙草事件。思えば鎌田のクラスは完全な濡れ衣だった訳だ。そりゃ犯人が見つかる道理もない。確かに可哀想かもしれん。
「そんな面倒なことはしたくないな……」
「良いね、そうこなくっちゃ」
がっと肩を組んでくる遊佐。キツイ香水の匂いがしたが、煙草に比べたら幾分かましだった。
「よし、友情の証だ」
遊佐が手を差し出してくる。てっきり握手を求められてると思ったが、その手には謎の錠剤が握られていた。
なんだこれ。危ないクスリじゃないだろうな。
遊佐はオレの口を指差して告げる。
「酒飲んだろ。バレバレだぜ」
「……ああ、ありがとう」
錠剤を遊佐から受け取り口に含む。柑橘系の匂いが口に広がって成る程、カモフラージュにはなりそうだ。
「チャイムが鳴るまで話そうぜ」
遊佐はオレの前の席に座る。コイツの席はここじゃないはずだ。
「そういえば、何で他の奴らは居ないんだ?」
「ん? 今日は朝会だろ」
ああ、それで。と言うことは遅刻若しくは欠席扱いにされているのか。折角早起きしたのに。
「そういや、未咲は何処行った?」
「……藤代にも言われたな。そんなに珍しいか」
そりゃあなぁ、と大げさに肩を竦めるが、何だろう嫌味になってない。むしろ爽やかな印象さえ受ける。
「珍しいなんてものじゃない。目からうろこ、青天の霹靂ってやつだ」
言いたいことはわかるが、何だろう。何か違う気がする。何だか人を不安にさせる喋り方をするなコイツは。
「藤代――綾ねぇ。お前ら仲良くないだろ?」
「やっぱりそう見えるか」
オレの被害妄想では無さそうだ。
「俺と話す時と明らかに違うもんなぁ」
それはまた別だと思うが。
まあ、馬に蹴られたい訳ではないから口に出したりはしない。
「何かしたのか?」
「覚えがないな」
嘘偽りなく、覚えてない。七夕中学時代に初めて会ったときからこんな感じだった気がする。
「中学の頃に何かやらかしたとかは?」
「いや、それも無いと思う……。あれ、中学同じだって、知ってたのか」
会話するのも始めてだと思っていたが、まさか面識があったのか。もしかしたら途轍もなく失礼なことを言ったかも知れない。
「おう。七夕中学だろ。犬一、綾、それに未咲を入れて三人だな。うちのクラスは」
そういう訳では無さそうだ。ほっとしたが、今うちのクラスはと言ったか。
まさか全クラス把握しているのか?
「因みに俺と神谷は花残中学な」
それは知ってる。四月の自己紹介でやたら自慢げに言っていたからな。
前守に「花残中学ってそんなに凄いの?」と聞かれたことも覚えている。
「まあ、気にしなきゃ良いんじゃね? 向こうもなんとなく気に食わないとかじゃねーの。あんま人に好かれるタイプじゃないだろ、お前」
「確かにそうだな」
ほぼ初対面の相手に結構失礼なことを言われているが、不思議と気にならない。なんとなく嫌われないタイプなのだろうか。だとしたら、かなり羨ましい能力だな。
「それで、未咲はどうしてるんだ?」
不意を打たれた。咄嗟にうそが思いつかず本当のことを漏らしてしまう。
「……まだ寝てるんじゃないのか」
遊佐はニヤついている。
しまった。失言だ。何とか取り繕わなければと思い、口を開いたがチャイムの音に遮られてしまった。
「まだ、ねぇ。突っつけば面白い話が聞けそうだけど、チャイムが鳴るまでって約束だったもんな。面白かったぜ。また話そうや」
遊佐は席を立った。窓の外では体育館からぞろぞろと――姫宮の言葉を借りるなら蟻の大群が校舎に這入って来ていた。蟻の大群というよりは死の行軍だな。尤もあれは都市伝説らしいが。
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