事件二日後(3)
「さあ、美術室にいくわよ」
まだ教室に残っている担任を意識してか、ひっそりと話しかけてくる。
「お前、釈放されたのか」
「はあ?」
おっと、失言失言。
犯人役だけじゃ飽き足らず、今後の展開まで発展して『刑務所での暮らしも悪くないわね』という台詞まで考えたところだったのでつい、口に出してしまった。
「もしかしてあたしを犯人にしたの? それなら言うけど、犬一もジョージのことはもう良いの?」
やっぱり同じことをしていた。
いや、誰だよジョージって。お前の物語、海外まで進出してんの?
「……美術室?」
「そうよ。現場検証したいし、夜まで暇でしょ」
「現場検証なら帰るときにささっとしたら良いじゃないか」
何で夜まで待つ必要があるんだ。教師どもが目を光らせていると言うのに。
「何言ってんの? 事件は夜にあったのよ。じゃあ夜検証するしかないじゃない」
そんなことないじゃない、と思ったが、もうなんか良いや。
これはそういう遊びなのだ。手順を踏まないと終われない。早く終わらせるためにも反対なんかしていられない。
「んじゃ、行くか?」
「物分りが良いわね、気持ち悪い」
どうしろと。
三人、美術室に向かう。渡り廊下は部活動停止に伴い施錠されているので例の獣道から。やっぱり、薄気味が悪い。話は変わるが、姫宮は帰ろうとしていたらしく、教室でなく玄関で会った。渋る姫宮に前守は空気銃を貸すことでなんとか説得した。何でそれで説得できるのかわからないが、今は先導しながら嬉しそうに銃を振り回している。好きなのだろうか、銃。
「へえ、こんなとこ通るのね」
辺りをきょろきょろ見渡しながら着いて行く前守。オレは最後尾だ。
「ん?」
枝を踏まないように下を向いて歩いていたら、前守にぶつかった。
「ごめん」
「どうした? 後ろに何かあるのか」
「うーん。誰か居たような気がしたんだけど」
気のせいかしら、と踵を返し姫宮に続く。オレも振り返るが誰か居るようには見えない。というか、居たとしてもよくわからないというのが正しい。教師でないことを祈るばかりだ。
「ねえ、やっぱり……」
数歩歩いたところで前守がまたしても振り返る。
やっぱりなんだよ、と促すが、前守は黙ったまま顎をくいとあげる。
振り返ると師走高校の制服に身を包んだ暴漢が立っていた。何故一目で暴漢とわかったかというと、制服姿にはおよそ似つかわしくない物を持っていたからだ。
金属バット。
とはいっても目深に野球帽を被っていたのでそれほど可笑しくはない……いやそんなことを考えている場合か。
じりじり、と近付いてくるが動けずにいた。
「危ない!」
暴漢はオレの目の前まで一気に駆け寄ると、バットを力の限りスイングする。慌てて後ろに飛びのき間一髪で避けるが、もう少し反応が遅れていたら脇腹をやられていた。オレは暴漢を見上げる。身長は前守より低いぐらい。適当に履いていたせいで靴が脱げてしまったのだが……それより重要なのは腰が抜けて動けないことだ。
観察してる間に再度バットを構える。
駄目だ、避けられない。
その時、ぱあんと聞き覚えのある発砲音。
暴漢の頬を掠めて血が流れる。
「……ちっ」
頬を触り、血が流れているのを確認した暴漢は舌打ちをした。
顔を覗き込もうとしたのを悟られたのか、さっと身を翻し走って逃げていく。ものの数秒で影も形も分からなくなった。
助かった、と思った。
「まさに間一髪」
しょうも無いことを言いながら姫宮が近付いてくる。突っ込む気にはなれない。
「立てる?」
前守も片手を差し出してくる。もう片方の手にはナイフが握られていた。やれやれ、情けない。
「大丈夫、立てる」
前守の手を借りずに立ち上がり、制服の尻を叩く。ついでに脱げた靴も回収する。
「そう。誰だったのかしらね、今の。犯人だったりするかしら」
「少なくとも無関係ではないだろうね。ケン、誰だかわかった?」
二人は武器を仕舞いながら言う。
オレも借りておくべきだった。
「いや、わからなかった……」
「まあ、命あっただけ良かったよ。比喩でも冗談でもなく、当たっていたら死んでいたかもしれない」
確かに。背の低い(姫宮ほどではないが)犯人のスイングは、倒れたオレの頭を丁度打ち抜くような軌道だった。二撃目が来ていたら危なかった。
「どうする? 美術室行くのやめにする?」
「いや、少し休みたいし行くよ」
そう、じゃあこれ、と何かを投げる前守。
刃物シリーズじゃなくてよかった、咄嗟にキャッチしてしまった。警棒か。
「バット相手じゃ心もとないと思うけどね……まあ、もう来ないことを祈りましょう」
交代で後ろを見張りながら、前の倍の時間を掛けて美術室まで到達したが二度目の襲撃は無かった。旧校舎の軋んだ開閉音を聞くのがこんなに嬉しいとは。ゲームのエンディングみたいな気分だ。
オレは埃まみれの美術室の床に倒れこむ。凄く痛い。
「お疲れ様。もう警戒しないで大丈夫じゃないかな」
姫宮が覗き込む。パンツが見えそうになって、慌てて寝返りを打つ。
「誰だったのかしらね。身長は高くなかったし、今日の水野だったりするかしら」
「水野犯人説は……面白くなかった」
うつ伏せになっているせいで、声が籠る。
オレは水野の顔を思い出す。犯人が自分から犯行現場に居たことを話すだろうか。
「寝ていても良いわよ。暗くなったら起こすし」
「そうしようかな……」
と言いつつも殆ど意識はなく気付けば眠りに落ちていた。
色々あったせいか、変な夢を見た。
オレと前守が付き合っていて、何故か姫宮は怒り狂っていた。バットを振り回し周りの物を壊しているが、オレと前守はそれを見て笑っているという、説明しろと言われても困る、寧ろオレの方こそ説明を受けたいぐらい混沌としたものだった。夢診断で言うとどういう心境なのだろうか。ただ単に襲われたのが衝撃的で夢にも出てきたと言えばそれだけだろうが。
「ケン、起きて」
オレの悪夢を覚ましたのは姫宮だった。体が左右に揺さぶられている。
どれくらい経ったのだろうか、辺りはすっかり真っ暗になっていた。そんなに熟睡したつもりはないのだが。
……? ややあって違和感の正体に気付く。何だこのジャージ。
「現場検証といくわよ」
前守がオレにかかっていたジャージを剥ぎ取る。前守のだったか、一体何処に持っていたんだ。
「んー……」
上体を起こして軽く伸びをする。床が固い所為か背中が痛い。
「念のため、警棒は出しときなさいよ」
ぱちんとナイフを開く音。姫宮も銃を持つ。
オレも徐に立ち上がり、警棒を伸ばす。使い方がよくわからないので、バットみたいにスイングする。何の集団なのだろうか。この状態で誰かに見つかったらしょっ引かれること請け合いだ。そんな不審者三人組は美術室を後にするのだった。
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